「世界ふしぎ発見!
   ピラミッドも顔負け!?
    驚異のニッポン古墳」
 2019/11/9放送      TBS
 
こんばんは~照れ
今日は久しぶりに『世界ふしぎ発見!』デス。
11月の放送で、今さら感はありますがニヤリ
記事に出来ないまま下書きに放り込んであったのを、なんとか書き上げました。
 
この回、とっても良かったんですよ~爆笑
なんといってもミステリーハンターをつとめたハリー杉山さんが、ハイテンションでそれぞれの古墳を紹介してくれたので~
こちらもすっかりハイテンションで観ちゃいました。
 
エジプトのピラミッドにならぶ謎の古代文明、日本の古墳!
その数なんと16万基!!!!!
コンビニの3倍の数びっくり
というのにバネラーの皆さま、
驚いておられました。
 
「なにこれ!?  UFOびっくり
と、ハリー杉山さんが驚いていた、こちらの古墳。
どこなんでしょう?
わたし、なんだかんだ古墳にはまだまだ詳しくないので。
写真当ては無理です~キョロキョロ
こんなふうに歩けるんだ!
ぜひ歩きたい~チュー
全景はこんな感じなのかな?
すぐ後に宮崎県・西都原古墳群の映像がながれたので、
西都原古墳群のひとつだろうと思っていますが、まだググっていません(怠慢てへぺろ)

⬆️こちらは岡山県・コウモリ塚古墳。一瞬、映像だけ登場。
わが埼玉県の『吉見百穴』⬆️は
「トルコのカッパドキアみたいだ!」と言っていただきました。
光栄おねがい
でもわたし、まだこちらに行ったことありません。なんどか近くを通り過ぎたことはあるにもかかわらず
(県民愛ゼロ?)

次に登場したのが、やはりこちら。
日本最大の古墳、大仙古墳!
伝・仁徳天皇稜です。
 
ここからミュージシャンのレキシさんが同行。
上空からヘリで遊覧してた~
このいっぺんに見下ろせるところがスゴイ!
ぜひ乗りたい!
でも・・・お値段こちら↓
 
古墳ヘリクルーズ
小川航空
料金 20分 約7万円~
 
お金持ちの皆さま、ぜひお問い合わせください。
 
次に、変わりダネの古墳として登場したのが、こちら。
通称・高架下古墳=赤面山古墳。
大阪市藤井市にあるみたいです。
ちょっと痛々しいです。
他に、住宅の目の前(敷地内?)にある、
堺市の経堂古墳(円墳・全長約20m)や
百舌鳥古墳群のひとつで世界遺産のいたすけ古墳
(五世紀前半・前方後円墳・全長約146m)
も紹介されていました。
 
次に登場したのが~
人骨!  もちろん複製てへぺろ
ここまでリアルなのは珍しいのでは?
愛媛県松山市にある
葉佐池(はざいけ)古墳
(六世紀中~七世紀初・円墳・全長約41m)です。
石室が公開されている貴重な古墳。
発掘時の姿が忠実に再現されています。
なんと未盗掘!だったので、
調査により、当時の貴重な葬送の様子がわかってきたそうです。
 
遺体が整然に並んでいないことから
追葬がなされたと考えられているこの古墳。
なんと『お通夜』の起源といわれる
日本書紀にも書かれている
葬送の儀式『殯(もがり)』の痕跡が
残っていたそうなんです。
 
痕跡・・・わかります?
目のくぼみの周りに特に多い、黒いつぶつぶ。
なんとこれは
『ハエのサナギの殻』。
死後数日たってからたかるという、ハエの卵が産みつけられており、しかもそれは孵化していたそう。
このことから、
遺体は石室の外に一週間以上置かれていたとみられ、殯が文献どおり行われていたことが、初めてわかったそうです。
 
考古資料による文献資料の裏付けですね!
素晴らしい爆笑
 
ここでQuestion①
ひとつの古墳に埋葬者がひとりでない古墳。
葬られた人数がわかる石で作られたある物があります。
それは何?
   ↓
Answer まくら(石枕)
 
次に登場した古墳。
かなり行ってみたいです!
兵庫県最大の前方後円墳
五色塚古墳
(神戸市・全長194m)
葺石や円筒埴輪がふんだんに敷き詰められていて~しっかり復元!
すごい~荘厳びっくりホント神々しいわ照れ
海がこんなに近い!
ほぼ展望台!
景色いい~晴れていたら最高に気持ちいいウインク
 
ハリー杉山さん。
ここでまたテレビならではの体験。
漁船に船を出してもらって、海から古墳を眺めていました。
ズルいえー
 
番組はここで前方後円墳の謎にせまっていきます。
なぜ、あのような形をしているのか。

以前この番組では
元同志社大学教授・辰巳和弘先生が
前方後円墳の形の起源について『壺型』説を唱えていらっしゃりましたが~
(いつのふしぎ発見か、記事にしていなくて不明)
 
今回は~
わたしを古代史にはめた一人である
松木武彦先生、登場ニヤリ
 
舞台は、ここもまたいつか行きたい史跡のひとつ
楯築遺跡(岡山県・倉敷市) 
楯築神社の境内にあり、
弥生時代最大の墳丘墓としてあまりにも有名。
映像では初めて観ました~
巨石がこんなふうに乱立していたんだ、びっくりびっくり
弥生時代の石が御神体として祀られているそうです。
 
その後、前方後円墳の形状について、松木先生持論の
『道→祭壇』説が唱えられます。
↑こちらは楯築遺跡の復元図。
この形が前方後円墳の原型ではないか、と。
北と南にある突起は道です。
 
真ん中の丸い部分で行われていた、死者を祭る儀式。
その儀式の場所へ行くために使われていた、両側の道。
多くの人が通ったであろうこういった道は
次第に作られなくなった。
なぜなら
古墳時代になると
死者(偉い人)はどんどん偉くなっていき、
一般の人から隔たっていった。
墓はどんどん高くなっていった。
葬儀に参加できる人も限られていった。
道だったところは祭壇の場所となり、
前の円部分を荘厳に見せるための、広場のような場所になっていった。
 
この松木先生の説、わたし的には支持しています。
いちばん自然な感じ。
 
あと、
同じ古墳(前方後円墳)が全国に広まったことで
同一民族としての意識、
みんな同じ倭人という意識が
育ったのではないかとおっしゃっていました。
これもいわゆる
前方後円墳国家論ってやつになるのかしら?
(他の先生の説だった気も・・・
  各説ゴチャマゼキョロキョロ)
 
松木先生。
暑かった日だからなのか
アロハ風シャツにカンカン帽風の帽子。
歴史番組のスタジオ姿よりカジュアルで、
なんか笑っちゃいましたウインク

長いので、②に続きます。
 
お読みいただき、ありがとうございました。