感情のワークショップの2日目は、更に深いワークを次々と行いました。
そのなかで大きく私に影響を及ぼしたものがあったので、今日はそのことを書きます。
大学での研究が楽しくてずっとそれをやりたいと思っていたけれど、将来の生活や周囲からの反応などいろいろ考えて、結局それを諦めた人のワークがありました。
彼は自分の力を信じずに依存をするという感情の状態にずっといたのですが、実際には頭脳明晰で理詰めの自分を心のなかに宿していました。本来の彼は何でも自分でできる自立の人だったのに、自分の人生を諦めてからの絶望感が怒りとなって依存の状態に陥り、完璧主義で自立していた自分に仕返しをしていたことが、ワークを通してだんだん見えてきました。
彼のワークのなかにいるうちに、父のことを思い出しました。
父はいつからか演劇に魅せられ、高校に入るとすぐに演劇部に入部しました。
土日が休みの高校だったので、金曜日になると学生鞄と学生服を質屋に預け、夜行列車で東京に行って演劇の裏方のアルバイトをし、日曜日の夜に帰ってきて質屋から鞄と服を引き取ると、月曜日からまた学校へ通うという演劇三昧の3年間だったそうです。
高校を卒業すると当時は父の地元に本拠地を置いていた児童劇団に入団。
そこで母と出会い結婚するのですが、恋愛ご法度の劇団だったのでふたりとも退団をして、父はTVや舞台の照明をする会社に入りました。このとき、父は家族を養わなければならない現実にぶつかり、また自分自身の役者としての才能の限界を感じたと、いつだったか話してくれたことがありました。
感情のワークをした彼の姿が、だんだん私の父と重なってきました。
自分自身を諦めてしまった父。結婚してからまるで別人のようになってしまったと、そう言えば母も話していたことがありました。夢を諦めてしまってからは、自分を変容させなければ生きていくことができなかったのかもしれない。
ワークのなかで、研究という道を捨ててしまったときに戻って、そのときの自分の感情と向き合い癒しを得ている彼を見ながら、彼がそれまでずっと自分に感じていた自分自身への裏切りを父も感じていたことに気がつきました。
そして、なぜだかわからないけれど、自分に裏切られた絶望感や無力感といった父の感情を、私自身がずっと引き受けて背負ってきたことにも。
「私、お父さんの感情まで引き受けちゃったんだ・・・」
理由もなく、そう感じたのでした。



そのなかで大きく私に影響を及ぼしたものがあったので、今日はそのことを書きます。
大学での研究が楽しくてずっとそれをやりたいと思っていたけれど、将来の生活や周囲からの反応などいろいろ考えて、結局それを諦めた人のワークがありました。
彼は自分の力を信じずに依存をするという感情の状態にずっといたのですが、実際には頭脳明晰で理詰めの自分を心のなかに宿していました。本来の彼は何でも自分でできる自立の人だったのに、自分の人生を諦めてからの絶望感が怒りとなって依存の状態に陥り、完璧主義で自立していた自分に仕返しをしていたことが、ワークを通してだんだん見えてきました。
彼のワークのなかにいるうちに、父のことを思い出しました。
父はいつからか演劇に魅せられ、高校に入るとすぐに演劇部に入部しました。
土日が休みの高校だったので、金曜日になると学生鞄と学生服を質屋に預け、夜行列車で東京に行って演劇の裏方のアルバイトをし、日曜日の夜に帰ってきて質屋から鞄と服を引き取ると、月曜日からまた学校へ通うという演劇三昧の3年間だったそうです。
高校を卒業すると当時は父の地元に本拠地を置いていた児童劇団に入団。
そこで母と出会い結婚するのですが、恋愛ご法度の劇団だったのでふたりとも退団をして、父はTVや舞台の照明をする会社に入りました。このとき、父は家族を養わなければならない現実にぶつかり、また自分自身の役者としての才能の限界を感じたと、いつだったか話してくれたことがありました。
感情のワークをした彼の姿が、だんだん私の父と重なってきました。
自分自身を諦めてしまった父。結婚してからまるで別人のようになってしまったと、そう言えば母も話していたことがありました。夢を諦めてしまってからは、自分を変容させなければ生きていくことができなかったのかもしれない。
ワークのなかで、研究という道を捨ててしまったときに戻って、そのときの自分の感情と向き合い癒しを得ている彼を見ながら、彼がそれまでずっと自分に感じていた自分自身への裏切りを父も感じていたことに気がつきました。
そして、なぜだかわからないけれど、自分に裏切られた絶望感や無力感といった父の感情を、私自身がずっと引き受けて背負ってきたことにも。
「私、お父さんの感情まで引き受けちゃったんだ・・・」
理由もなく、そう感じたのでした。


