引っ張ってごめんなさいあせる
でも、あまり長いのも読む気が失せるし、読む人にも自分にも、今の状態をゆっくり見つめる時間になればな~なんて、そんな思いもあってラブラブ

さて、びーちぃの話。
ランチを終え、ワークショップは明日までだけれど、今日で帰ろうと思いながら午後のワークに参加したびーちぃ。
なんとくじ引きで呼ばれて前に立たされました。
そこで自分とパートナーとの問題から自分の子供のころから抱えてきた感情にまで話が深まり、愛をもらわない決心をしたことを話しました。

そのときにびーちぃは、本当はとってもとってもほしかったのに、だからこそもらわないと決めたことを改めて思い出しました。
本当はもらいたかった。でも絶対にもらわないという戦いを自分のなかでしていた。
「こっちに来たら、銃で撃ち殺すぞ」というくらいの気持ちで、ずっと戦いをしてきた。

ワークショップのファシリテーターが「もうその戦いをやめましょう」と言い、「びーちぃが愛をもらわないと決めたときに戻ってみましょう」と言いました。
促されるままにワークのなかでそのときの自分に会ったびーちぃは、本当は父からも母からも愛されていた自分を発見します。
そして確かに自分は愛されていないと感じていたけれど、別の視点から見たら誰より愛されていたし、恵まれていた自分を思い出しました。
そのとき、びーちぃのなかで、愛されていない自分が愛されている自分に書き換わったのです。

翌日、全てのワークを終えて家に帰ると、奥さんが別人になっていました。
いえ、見た目は今までと同じ奥さんですけれど、中身がすっかり変わっていたそうです。
子供の方ばかり見ていた人が、いつもびーちぃの方を見る人になっていたって!
ん~、すごいっ!

今日はここまで。
このまとめはまた明日。

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さて、昨日のつづき。
過去を書き換えたびーちぃの話です。
プライバシーの問題もあるので、ごくかいつまんでお話しします。

びーちぃは子供のころから両親の愛やぬくもりを感じることができずにいました。
そして思春期を迎えたある日、つらいことがあって今こそ親の優しさがほしいのにそれが得られなかったときに決心をします。
「望んだってどうせないんだから、もらわなくていい。もらおうと思うと痛いだけだから、僕はもう愛を望むのはよそう。その代わり僕は同じくらい淋しい人にあげるだけあげよう」

そんなびーちぃでも好きな人が現われ結婚をし、子供も授かりました。
でも奥さんはびーちぃよりも子供が大切らしく、全然びーちぃの方を見てくれませんでした。
いつもいつも子供のことばかり。子育ては大変だから仕方ないと、びーちぃはずっとそんな現実を受け入れていました。

結婚して15年以上経ったある日、びーちぃはあるワークショップへ出かけます。その日のテーマはパートナーシップ。びーちぃは苦痛でたまりませんでした。その時の心境をびーちぃはこんな風に話してくれました。
「だって、パートナーシップって自分がいっぱいあげて、相手からもいっぱいもらうことだよ。でも、僕は片方の道を閉ざしていることがわかって、ここにいちゃいけないと思って、ランチも食べられず帰ろうと思っていた」

そんなびーちぃ、午後に大変革が起きます!
その前にちょっとひと休み。

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先月の感情のワークで同じテーブルだった仲間たちと、夕べはスカイプで近況や感情のシェアをしました。
その中のひとりが話してくれたことが、私の長年のモヤモヤを晴らしてくれることだったのでここにシェアをします。私と同じような部分で疑問を感じたり実感を持てずにいる人もきっといるでしょうから、少しでもそういう方たちの助けになれば嬉しいです。

私がモヤモヤしていたことというのは、「パラレルワールド」という概念について。
どういう概念かというと、4月6日の『何に焦点を当てるか』にも書いたけれど、実際にはいくつものパラレルワールドが存在していて、自分が何にフォーカスするかでどのパラレルワールドにいくかを選択しているということ。だから自分をとりまく全ては、自分が創り出しているものだ、ということ。

これは15年ほど前に『神との対話』を読んだときにも書いてあり、そこには「時間の概念すらない」という記述もあったのだけれど、「いくつもの現実があるということは、私がひとりじゃなくて何人もいるということ?意味がわからない」と実感できずにいたのでした。

最近になってパラレルワールドの存在については、なんとなく感覚としてわかるようになってはきたものの、例えば自分が違うパラレルワールドにいったときに、パートナーはどうなるのかといった具体的なところで「やっぱりわからない・・・」と。
いまひとつモヤモヤ感を払拭できずにいたわけです。

ところが夕べ、スカイプメンバーのびーちぃが過去を書き換えた話をしてくれて、そこに大いなるヒントがあったのでした。
え~、本当にそんなことあるのっ?っていう話。

ちょっと長くなったので、明日につづきます。

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1ヶ月前に参加した感情のワーク以降、本当の自分に繋がることを試みているのですが、そういえば自律訓練法も有効な手段だったことに思い至り、昨日、久し振りにやってみました。

自律訓練法は暗示の手法を用いる自己催眠法で、疲労回復、ストレス緩和、仕事や勉強の能率向上、抑鬱や不安の軽減などの効果があるとされています。
去年受講していた心理学の講座の課題で提出したナビを使ったのですが、このときの自己暗示のテーマを「ダイエット」としたので、ナビのなかでは「少しの食べ物で満足します」とか「ジャンクな食べ物は食べたくありません」といった言葉が出てきます。

これが思いのほか功を奏しているようで、今日は本当に少しの量で満足でき、ジャンクなものを欲しなくなっている私がいます。
これには本当にびっくり。
なんて簡単なダイエット法!

毎日やろうと思いつつ、まだうまく生活サイクルに組み込めていなくて、結局今日はチャンスを逃してしまったのですが、明日はちゃんとまたやりたいなあ。

目指しているところへ行くのって、本当はもっとシンプルで簡単なことなのかもしれない。
心で感じることさえできれば。
そして、感じたことを大切にできたなら。

この路線でトライしてみます。

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震災後、アカウントは取ったものの、ずっと放置していたfacebookやTwitterを見るようになりました。
Twitterは自分でフォローする人を決められるので、いろいろな立場や職業の人、できるだけ違う意見を述べているような人というのを意識してフォロー。

そのようなわけで、ものすごく悲観的な見解があったり、お花見やライブなどの楽しい、気楽な内容があったり、悲観的になり過ぎないように意識している人からの「大丈夫だよ」的な発言があったり、とにかく同じTLのなかで「情報」や「気分」が入り混じっています。

そんななか、今日はとても悲観的な情報をキャッチしてしまって、思った以上に動揺してしまいました。
そのせいか、友達から知らせてもらったサイト「地震ITSUMO」で、備えておくべきものや万が一被災して避難所で生活するようになった場合のことなどを読んでいたら、ものすご~く悲しい気持ちになって、自分でもびっくりするくらい落ち込んでしまいました。

最近、落ち込むという感覚を忘れていた気がする、私。

ここ1年の勉強で、今の世界は自分の観念が作り上げているらしいことがわかりました。
この世界はいくつものパラレルワールドのなかのひとつで、どれにするかは自分が選択をしている。
その選択の鍵を握るのが「観念」ということのようです。

自分の価値や人生を信じている人は、人のいい部分に焦点を当てることができるし、自分が持っているものを人と分かち合うことができる。そして心の温かい素敵な人でいっぱいの豊かなパラレルワールドに生きることができる。

一方、この現実は恐ろしくて厳しくて、うかうかしていたら価値のない自分は飲み込まれてしまうと考えていると、どうにか身を守ろうと自分のことばかりになって、周りもそういう人ばかりの世界を創りあげてしまう。

私の友人たちでパラレルワールドを理解している人たちは、今回の震災のあとも、いつもと変わらず穏やかで楽しいことを発信しています。
一方、別の友達から「こんな用心をした方がいいよ」「これからのために、このことを考えた方がいいよ」という情報も善意で寄せられたりします。

この緊急事態の現実にいて、日々、何にフォーカスしていくかというのは、自分を試されているような気がする。
意識は常に豊かなところを見続けて、現実はきちんと準備もする、というのがいいのかな。

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