第 21 章
和 解 22
その様子に、晶子の怒りが一体どれほどのものなのか…、一体どれほどの絶望感を抱いたのか…、莉絵はこの時はじめて気付いたのかも知れない。
部屋を出ようとする晶子は、まるで捨て台詞のように、
「じゃぁね! 早く引っ越し先を決めないと、前に進めないんだからがんばって良い物件探しな!?
あぁ、元のマンションなら6月まで居られるんじゃ無かったの! そこへ戻れば!?」
吐き捨てるように言い放った晶子は、莉絵に視線を向けることも無く乱暴に玄関のドアを閉めると仕入れに向かった。
莉絵は、立ち去る晶子に声も掛けられずに、ただ茫然と晶子を見送るしかなかった。
莉絵はここ数ヵ月、自分の言動のどこに問題があったのか、年明けから今までの言動のどこに問題があったのか、何度振り返っても気付かなかった。
残念ながら、気付けるほどのソウルキャパを持ってはいなかった。
考えられること言えば、福島との婚姻届けが全ての問題の原点なのかも知れないと感じてはいても、それがそれほど大きな問題に成るとは思っても居なかったのだ!
誰もが、一途に福島への思いを寄せる莉絵の選択を支持してくれる筈だと、自分勝手に決め付けていたことにさえ、気付けなかった。 いや、気付いてはいなかった。
福島に対する莉絵の感情は、周囲には全く受け止めてもらえない価値観であり、常識である事実に、莉絵自身が全く気付けていないことが問題であることさえ、気付けなかった。
その真は、母親の手紙に書いてあった筈なのに、莉絵はその事実さえ忘れていた。
逆に言えば、莉絵を案じる周囲の声は、莉絵には全く届いていないかったことに、漸く周囲が気付いたのかも知れない。
約1時間後、晶子に啖呵を切られた莉絵は、最後の頼みである由梨の部屋の前で声を掛けていた。
「ねぇ、ゆぅ~ちゃん(由梨)、起きてる!? 少しだけ相談に乗って欲しいんだけど…!?」
しかし、由梨の部屋からは何も反応は無かった。 莉絵は、諦めて自分の部屋に戻るしかなかった。
由梨の反応は無い侭、夜が明けようとしていた。
この日、晶子が和田に実情を報告すると言っていたことを思い出した莉絵は、早々に5階にある和田の自宅を訪ねていた。
「済みません。 莉絵ですけど…、少しご相談したい件があるんですけど、お時間大丈夫ですか!?」
莉絵の声掛けに、部屋から出てきた和田は、大規模な防災工事区間と工事期間が発表されたことで多忙を極めており、睡眠時間も殆ど取れてはいない状況であった。
「おぅ、莉絵さん! こんな時間にどうした!?」
何時もとは違う和田の表情に、莉絵は何も感じ取ることが出来なかった。
「実は、いろいろご相談したいことがあって、お邪魔したんですけど…!?」
「いろいろ相談したいことって…、今何時だと思ってるんだ! 未だ5時過ぎだぞ!
莉絵さんの相談したいことの内容は何となく解るけど…、その相談相手は俺じゃ無いんじゃないのか!?
婚姻届を出した人の墓参にでも行って、相談してきたら良いんじゃ無いのか!?
もっと、相談する相手のことを良く考えてみろ!? 朝の5時過ぎに起こされる身にも成ってみろ!
もう、莉絵さんにも限界がきているようだけど、俺にも限界が来てることも少しは気付いて欲しいんだけどな!
人は独りで生きている訳じゃ無いんだ!? 誰かの許容範囲の中でしか生きられないんだ!?
その許容範囲を、僅かでも超えてしまったら、この国じゃ生きてけないんだよ! 群れでは生きて行けなくなるんだよ!
自分の許容範囲を知らずに、他人様の許容範囲だけどとやかく言うことは、世間から人として失格者だと言う烙印を押される可能性が高いんだ!
相手の真を試すような奴は、いつか世間様に排除されるんだよ!
僅かでも、相手のことを思い遣れない奴は、いつか生きて行けなくなるんだよ! どんどん孤立してしまうんだよ! 今の莉絵さんみたいにな!
もう良いだろう! 俺は徹夜続きだからもう少しだけ寝かせてくれよ! じゃぁな!」
和田は、今までに感じたことが無いほど乱暴にそう言うと、玄関のドアを閉めてしまった。
玄関先に残された莉絵は、和田の怒りに触れた自分を悔いていた。
何もかもが自分勝手な判断や思い込みで…、身勝手な決め付けで…、安易に行動してしまっている自分に、言いようの無い怒りさえ覚えていた。
しかし、この侭では前に進むどころか、引き返すことも侭ならない現状に、莉絵は和田の玄関先で途方に暮れていた。
そんな莉絵の様子を伺って居たのは、和田の自宅と同じ5階に住んでいた恭子であった。
「莉絵さん。 おはようございます。 こんなに早くどうされたんですか!?」
凡その事情は把握できている恭子であったが、敢えて言葉を選んでいた。
「あぁ、恭子さん。 おはようございます。 実は今、和田さんにお尋ねしたいことがあってお邪魔したんですけど…、未だ早朝だと言うことをすっかり忘れてましたから、思いっきり叱られていたんです。」
「あぁ、そうですか!? 最近は、和田さんのお宅の電気が消えることも無いほどお忙しそうですから…、きっとお疲れなんだと思いますよ!?
私らが、お店(しののめ)を閉めて帰って来ても、未だ電気が点いている日が多いくらいですから!」
「あぁ、そうなんですね!? 私、最近部屋から出ることが殆ど無いので気付きませんでした。
そんなにお忙しいなら、私の相談になんか乗れませんよね!? ありがとう恭子さん。 もう一度出直します。 おやすみなさい。」
莉絵がそう言って階段を下りて部屋に戻ろうとすると、恭子が莉絵の後ろ姿に声を掛けた。
「莉絵さん。 自分に正直に成ることは大切かも知れませんけど、時には人を思い遣ることも大事なんじゃ無いんですか!?」
恭子の声掛けは、莉絵を振り向かせた。
「それは知ってますけど…、何をどう考えれば良いのかが解らないんです。 だから、和田さんに相談したかったんです。」
「それは…、和田さんじゃなくて晶子さんの方が良いんじゃ無いんですか!?
晶子さんは、莉絵さんの全てとは言えないかも知れませんけど、殆どのことをご存じなのでは…!?」
「まぁ、晶子は私のことなら何でも知っているんじゃ無いのかな!?
でも、今朝も断られてるし…、何から話せば良いのか解らなくなってるし…、私…もう駄目かも…!?」
「そんな事を言わずに、ちょとだけ私の部屋に寄っていきませんか!? 少し散らかってますけど…、もし良かったら、どうぞ!」
落ち込んだ莉絵を、恭子は自分の部屋に招き入れようとしていた。