5/2~5/6 徳島・高知自転車城巡り
2日目続き
奈半利で傷の応急処置をした後は午後のメイン安芸城へ向かって走っていきます。
ほんと景色は最高なんですけど向い風が終始吹いてまして進まないのなんの・・💦
安芸に着く前の道の駅っぽいところで少休憩。
午前中は予定より早めに走れていたものの午後の向い風と転倒が予想外で予定より若干オーバー気味ですが
無事安芸市へ到着。
安芸城
高知県安芸市土居953
延慶2年(1309)安芸親氏により築かれた。戦国期には安芸氏は土佐七守護の一つに数えられた。
安芸国虎の時に永禄12年(1569)長宗我部元親との八流の戦いで敗れ国虎は浄貞寺で自刃し安芸氏は滅亡。
長宗我部元親は弟の香宗我部親泰を城主にした。
関ケ原の戦いの後長宗我部家は改易、代わりに山内一豊が入国し安芸城には五藤為重を城主にした。
遺構も良く残っている城址です。
水堀と土塁
小振りながらも良い感じです(^^
五島家は父の五藤為基から山内家に仕え、初代の安芸城主の五藤為重は家老になってます。
為重の兄の五藤為浄は朝倉家との刀禰崎の戦いで山内一豊が三段崎勘右衛門を討取った際に顔に刺さった矢を抜いた逸話
が有名ですね。
その山内一豊から抜いた矢はこちらの資料館に五藤家の家宝として展示されてます。
資料館前が中世安芸城が眼前にありまして
三の段下の石垣
三の段
堀切
主郭
土佐では本丸は「詰の段」などと表記する所が多い気がします。
北の段からの土塁
各曲輪なども良くわかりやすい見所多いです。
藤崎神社
安芸城内にある神社です。ここは先の朝倉攻めで山内一豊の顔に刺さった矢を抜いた五藤為浄を祀ってある神社です。
抜いた鏃は資料館にありますが矢を抜く時に一豊の顔を足で踏んで抜いたんですけどその時の草鞋がご神体だそうです。
上がり藤に一文字紋
五藤家の家紋でしょうか?
安芸城を見たあとはこの地の出身の岩崎弥太郎の家へ向かいます。
続く・・・












