続 なんで離婚になったんだろうを徒然考える
シリーズ。
未練がある、とかでなく、
何故を考える事で、仕方のない事だと、
受け入れて行く過程というか。
私の性格です。
安易に、何故だろう。を手放せずにいる事で、
いつか心からの仕方なかったを手に入れたい、
のかな。
性格なので分からないけれど。
夫は決して悪い人間ではなかった。
どちらかと言うと、良い人間だったと思う。
人の輪にいると、1番よく働き・気を利かせ、
求められてもいないジョークなどをよかれと
思って飛ばしていた。
大昔はそんな姿を素敵に感じ、
長くいるうちに不快に感じる様になった。
変わったのは私だ。
彼は自分の希望、思いを伝えるのが
苦手だったのだと思う。
なので、
自分は○○してほしい。
自分は○○だと思う。
とは言えず、
普通はそうするべきだ。
普通はみんな思う。
と、私を責める事が多かった。
自分がこうしたい、とは、
向き合えない、
言えない。
それが普通の事で当たり前であり、
それは私が察するべきである。
と言う思考回路などだと思う。
なので、私が、
それは別に一般的とは違うのではないか?
と言うと激昂した。
彼と離れてから、
彼は自分の気持ちが言えない人間だったのだ
と気がついた。
もし、
普通だとか、
一般的だとか、
ではなく、
(道徳的とか世間的には関係なく)
俺はこうおもっている、
俺はこうしたいんだ、
と、主語を自分にしてくれたら、
受け止め方が変わったと思う。
人の気持ち、感情は、
間違っているとか判断する
類のものではないから、
私と意見が違ったとしても、
それを頭から否定することはしなかったと思う。
それに気がついてから、
誰かに気持ちを伝えると、
必ず、主語は
『私』にしよう、と決めた。
『みんな』とか、『普通は』とかで
自分の正当性を高めようとするのはやめようと
思った。
私の、意志は、誰かにジャッジされる
ものではないのだから。
瀬戸内から直送!とのシールに惹かれて。
スーパーのお寿司も、お皿に盛ると
テンション上がります。
買ったお寿司のシャリが冷たくて硬いの、どうにかならんかなぁ。。
もっと早く冷蔵庫から出すべし??
ごちゃごちゃ言うてますが、
美味しくいただきました。
