見ない文化。
まっくらな中での対話 (講談社文庫)/茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク

¥580
Amazon.co.jp
以前に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というソーシャルエンターテインメントを
ブログで紹介しました。
□ 記事はコチラ
ふと先日、書店で見かけたのがこの本。
茂木さんとダイアログの関係者やアテンドをする
視覚障害者の方のまさしく「対話」の様子を
とりあげた一冊。
非常に興味深い、視覚障害者がとらえている世界の
様子がよくわかります。
しかし、この視覚障害という言葉、はたして適切なのか
読後ずっと頭の中をグルグルとしてました。
そこにあるのは例えば「見る文化」と「見ない文化」、
ふたつの文化です。私はもちろん「見る文化」。
仕事柄、よく言われることがあります。
私がillustratorというソフトで何かの
デザインをしているとこのソフトを使えない人からすると、
まるで魔法のように見えるようです。
私は紙の上の1度未満の図形の傾きもわかりますし、
本来の文字をわずか1%押しつぶした処理をしたものも
判別します。これは物の捉え方がそうではない人と
違うからです。
でも、私も楽器を使ってすばらしい音楽を奏でられる人を
目の当たりにすると、素直にすごいと思うのです。
もちろん、あの真っ暗闇の中、まるで「見えて」
いるかのように自由に動ける視覚障害を持つアテンドの方もすごい。
見えないのに、その部屋に家具がどれくらいあるのかがわかる、
壁がどれくらいの距離にあるのかわかる。
あるいは、電車は左側通行をしているから、進行方向に
向かって立っていれば、右側はすれ違う電車、左側の
ドアが開く、こんなロジックを常に考えている。
見る文化の住人である私は、見ない文化の世界に
気付けません。
それは私のすぐそばにあるのに気づかないのです。
草木の匂い、土のぬくもり、虫の声・・。
すっかり感じ取れなくなってしまいました。
展開されているのは同じ世界なのに。
「違い」というものはどういうものなのか、
「共鳴」していると感じるのはどういうことなのか。
それこそ”見かけ”に惑わされ、捉えている自分が
いることに最近よく気づきます。
そんなときは、その感覚を閉じてみる。
そうすると、他の感覚がとぎすまされてきます。
「○○とはこういうものだ」
と決めつけている感覚をちゃんと閉じてみることで
見えてくるものを大切にしていきたいです。

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ブログで紹介しました。
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ふと先日、書店で見かけたのがこの本。
茂木さんとダイアログの関係者やアテンドをする
視覚障害者の方のまさしく「対話」の様子を
とりあげた一冊。
非常に興味深い、視覚障害者がとらえている世界の
様子がよくわかります。
しかし、この視覚障害という言葉、はたして適切なのか
読後ずっと頭の中をグルグルとしてました。
そこにあるのは例えば「見る文化」と「見ない文化」、
ふたつの文化です。私はもちろん「見る文化」。
仕事柄、よく言われることがあります。
私がillustratorというソフトで何かの
デザインをしているとこのソフトを使えない人からすると、
まるで魔法のように見えるようです。
私は紙の上の1度未満の図形の傾きもわかりますし、
本来の文字をわずか1%押しつぶした処理をしたものも
判別します。これは物の捉え方がそうではない人と
違うからです。
でも、私も楽器を使ってすばらしい音楽を奏でられる人を
目の当たりにすると、素直にすごいと思うのです。
もちろん、あの真っ暗闇の中、まるで「見えて」
いるかのように自由に動ける視覚障害を持つアテンドの方もすごい。
見えないのに、その部屋に家具がどれくらいあるのかがわかる、
壁がどれくらいの距離にあるのかわかる。
あるいは、電車は左側通行をしているから、進行方向に
向かって立っていれば、右側はすれ違う電車、左側の
ドアが開く、こんなロジックを常に考えている。
見る文化の住人である私は、見ない文化の世界に
気付けません。
それは私のすぐそばにあるのに気づかないのです。
草木の匂い、土のぬくもり、虫の声・・。
すっかり感じ取れなくなってしまいました。
展開されているのは同じ世界なのに。
「違い」というものはどういうものなのか、
「共鳴」していると感じるのはどういうことなのか。
それこそ”見かけ”に惑わされ、捉えている自分が
いることに最近よく気づきます。
そんなときは、その感覚を閉じてみる。
そうすると、他の感覚がとぎすまされてきます。
「○○とはこういうものだ」
と決めつけている感覚をちゃんと閉じてみることで
見えてくるものを大切にしていきたいです。