7月26日、アルビ。
ホテルが中心地から徒歩圏内にあるためホテルに荷物を
(荷物なんてないか)を置いて観光を開始。
タルヌ川に面した商業都市アルビ人口49000人、
ローマ時代に町が出来る。
1040年タルヌ川にポンヴィユー橋が架かり大規模な町へ。
11~13世紀にかけてはカタリ派(=アルビ派)の拠点に。
11世紀にカソリック聖職者の堕落に反対する民衆運動は
南フランスで活発になり、物質を悪とし禁欲、菜食、
非暴力を謳うカタリ派は民衆の心を掴んで行った。
脅威を感じたカソリック教会は弾圧を開始、
イノケンティス3世教皇によって結成されたアルビジョア十字軍
をアルビに向かわせた。1229年アルビ降伏、山上の要塞に
身を潜めた信者も1255年降伏、1321年最後の一人が火刑される。
1249年からフランス王国領、
1282年にはカソリックの威厳を示すべく200年に及ぶ
大聖堂建設が始まった。
(この大聖堂の造りが凄いが写真がない、、、)
16世紀インディゴブルーの染料ホソバタイセイの栽培で成功
したタイセイ商人達のルネッサンスの邸宅が建ち並ぶも、
すぐにインドから安価なタイセイが入りバブル終焉。
変わりにタルヌ川沿いにはガラス工場が建ち産業となった。
1861年この町でロートレックが生まれる、
伯爵家のお坊ちゃんは身体が弱く14で足の成長が止まる、
両親は不仲で母とパリに出て絵を学ぶ。
ムーランルージュに入り浸り、ショーのポスターを手掛け
画家としてこの世に出るきっかけとなった。
アル中、梅毒、精神病院と来て1901年39でこの世を去る。
1922年大聖堂横の司教館がロートレック美術館として開館
した。
(作品の全てが写真に撮れるのだが、写真がない、、)
11時、17時35分、22時45分と3便がブリュッセル航空にて
ブリュッセルからトゥールーズに到着する。
今だ情報はないままに、明日からは本当に小さな田舎を
巡る日々に、お客様にはここで下着に洋服、化粧品にお薬など
を探していただく。
海外旅行保険に入っていれば緊急時事故対応費用として
10万円までだったか請求できる、が、
私のクレジットカード付帯保険にはこれがない、
アラブ人の経営する店で中国産の靴下とブリーフ
(トランクスよりブリーフの方が生地が少ないのか安いため)
を1枚づつ買った。
夕食も1時間遅らせた、
夕食はLa Viguiere D Albyにて美食家だったロートレック
の残したレシピを再現した夕食を。
このツアーは食事にも気を使っている事もあり美味しい。
食事中に新たな情報として、パソコン画面が運搬中と
なっている。
到着したら航空会社手配の運送ではいつになるか解らないので
お金がかかっても運送会社をうちで手配してもらうよう
お願いはしていたが、運送中というワード以外知るすべは
ない。とにかく動きはあった。
あまり早くホテルに着かなくて良い、
スーツケースはないのだから、、
食後の町をゆっくり歩いてホテルへ向かう。
ホテルに入って、腰が砕けたぜ、、
全てのスーツケースがロビーに並んでるんだもん、、
塩対応のブリュッセル航空さんツンデレだよ、
やってくれるねありがとう。
シャワーを浴びてこの景色を見ながら今日はワインを
頂くか。
今夜はゆっくり眠れるぜ。







