クロアチア史ほぼ全部、ザダールも面白い。 | 添乗員 森田 世界の旅

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10月30日、ザダール。

シベニクから75㌔北ダルマチア(クロアチアの南の海岸線)

地方最後の観光はザダール、

三方を海に囲まれた町にも市壁が張り巡らされる。

紀元前3世紀にはすでにローマ人が住み、この町の中心には

ローマ時代の中心でもあるフォーロにアーケードを支えた

円柱が並ぶ、

これは第二次世界大戦の空爆で地表に出てきたもので、

これからも出てくるだろうが、

そこに建つのはローマが東西に別れた後、東ローマ

ビサンチン様式の円形型の8世紀聖ドナット教会。

こちらが12世紀ロマネスクの聖ストーシャ大聖堂、

建設中の1202年、クリスチャンのザダールに、

クリスチャンとして聖地エルサレム奪還を試みヴェネチアを

出港した十字軍が突然の攻撃を開始した。

十字軍は遠征費をヴェネチアに借りるも返せなくなったため

アドリア海の中心地ザダールをヴェネチアに贈ったのだ。

 

西ローマのクリスチャンのトップ、ヨハネパウロ2世は

2000年東ローマコンスタンチノーブル総大主教にお詫び

した。

内戦の終結した今、心の傷はこの海辺のシーオルガンに

流されていく。石段に越しかけると海の波と風が足元に音

を奏でる、

あれっ、これは何を撮ったのだろうと思ったが、

ワールドカップで2位になったクロアチアのエース

モドリッチが過ごした小学校だ、

誰も知らないと思いつつガイドの言葉を訳したところ

結構なクイツキがあった。

ワールドカップ2位の偉大さを感じた。この頃だ、

さてダルマチアを海を離れ190㌔、向かうはカルスト大地で

覆われた内陸、そのカルストが生み出す造形美を見るため

プリトヴィッツェ方面へ。

その国立公園手前の村、オトチャッツへ向かう。