ダルメシアン、ディオクレティアヌス、モドリッチ | 添乗員 森田 世界の旅

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ハネムーン

10月29日、出ドブロヴニク。

 

クロアチアは大きく4つの地域に別れ、

南部海岸線をダルメシアン(見たことはないが)の

故郷ダルマチア地方と呼ぶ。

日本の7分の1程の面積で南北に直線でもせいぜい

500㌔だが入江が続く海岸線の総距離はなんと

1778㌔、半端ね~入り組み具合だ。

(西側イタリア側の海岸線がのっぺり直線に対し)

海岸線を走るとさらに島島が二重三重に連なり

外洋の水平線が見えることはほぼない。

これが海運国家ドブロヴニクを守り、さらに多くの

商船、海軍、エルサレム巡礼者を守り発展した地理だ。

 

アドリア海の付け根に9世紀に誕生するやはり1000年

国家ヴェネチアが抑えた、15世紀から18世紀には

ドブロヴニクを除く(ギリシャまで)海岸線はどこか

ヴェネチア風情が残っている。

 

ヴェネチア風情の中一つローマまで振り返れる古い物

が見られるのはドブロヴニクから230㌔北へ走った

スプリットだ。

この200m四方の大豪邸はローマ皇帝至上初、自らの意思で

305年に皇帝を退位した59才ディオクレティアヌスが

過ごした家。

地下の基礎の部分は見応えたっぷり、地上はと言うと

一部分しか残ってないが、見よこの柱

そしてエジプト遠征の戦利品だよ、スフィンクス。

ディオクレティアヌスが寝ていた霊廟は、12世紀に掘り

起こされ遺体はほっぽられ、立派な大聖堂が建った。

ディオクレティアヌスの次の皇帝がローマ帝国において

キリスト教を公認、国教とした結果、ローマ時代にキリスト

教徒を虐殺した最後の王となり、嫌われている。

この路地も宮殿内だが、もう現代の路地となっている。

今日はお昼は自由食、

宮殿外壁内の路地で食べても良いが、

モドリッチのユニホームを買ったり時間を買い物に費やす

のも良いが、

城壁の外側に広がる15世紀~18世紀のヴェネチア風情残す

地区で食べようか。

雨のことだし。