8月19日、ベルリンの朝。
朝9時ホテルを出て35㌔南、ポツダムへ向かう。
1701年、後の(統一)ドイツ帝国を作るプロイセン王国は
ベルリンを都とする、
1745年、フリードリッヒ大王は、都から35㌔南の川と湖と
森が豊かなポツダムに夏の離宮サンスーシ宮殿を建てる。
ポツダムはプロイセン王国の庭となった。
1871年プロイセン王ヴィルヘルム1世は300以上あった
領封国家を一つにまとめドイツ帝国が誕生する、
ポツダムに着きまずはツェツィリエンホフ宮殿を観光、
ドイツ帝国3代目の王ヴィルヘルム2世は王位を継ぐであろう
息子のため宮殿をこしらえ1917年に完成した。
ツェツィリエンは12年前に皇太子妃となった女性の名、
その年の戦争の始まりのドイツ帝国の終わりをここで6人の
子供達と過ごし、ナチを支持した旦那と別れ私人となった。
過ごした家は1945年ロシア軍に没収される。
中庭の赤軍の星は対ナチスに偉大なる貢献をした
スターリンへの星。
そしてここで、1945年7月17日スターリンにアメリカ大統領
トルーマン、英国首相チャーチルが集合した。
降伏したドイツに対する話し合いは、
フランスを入れた4ヵ国で統治(中国でなくフランスと言う所
がまた歴史を変える)、
今だ降伏しない日本への対応もまた、
このテーブルでの会議は会議は17日間続き8月2日に終わる。
その13日後日本の降伏により戦争は終わった。
激動の20世紀世界史を目の当たりにし、
隣接する世界遺産サンスーシ宮殿へ、
1747年にここをプロイセンの庭と言ったベルリンの大王の
離宮、
外観は落ち着いたロココである、
きっと内側は優雅であろうが入場はしない、
フランス式の庭園を散歩する。
ロココ後期、ずっと前のローマの遺跡をもじったかのスタイル
は素敵だ、
そんなプロイセンの大王フリードリッヒ2世の墓には今日も
多くのジャガイモが供えられる。
よく知らないアメリカという土地からもたらされていた
ジャガイモを国民食にしたのは大王のおかげ、
観光後、
ジャガイモが添えられたウィーン風カツレツを頂きながら
激動に思いを耽ったものでした、、、
さてベルリンに帰ろう。












