1月26日、アスワン、船上の朝。
4泊したクルーズ船プレミアム号チェックアウトの朝、
毎朝我々日本人グループだけに和食を用意してくれた
モハメットさんにご挨拶。
船のブッフェはどれも美味しく頂いたが、
さらに毎朝頂く和食が美味しかった。
これは船のサービスというよりは現地の旅行会社が
日本人グループの為に日本食シェフを手配してくれた
からだ。
デッキから見る景色はゆっくり流れ夜の星も綺麗だった。
小さいプールもあったけど、まだ入る(浸かる)には暑さが
足りない。1月下旬のエジプトは朝晩10度日中20度、
暑さも寒さも一年で一番過ごしやすい頃ではないだろうか。
小さなジムもあったが、誰も走っている人はいなかった。
テレビは部屋にもあるけれど、テレビのある読書スペース。
申し分なく良い船、良い時間が過ごせた4泊5日だった。
アスワンにてもう2ヶ所観光を残している。
クルーズ船を降りた我々はナイル川に浮かぶ島にある
イシス神殿に行くためボートに乗る。
水量が豊かなのは、
1902年のイギリス支配時代、エジプト綿花のプランテーション
の為に造られたアスワンダムがナイルをせき止めている為だ。
カイロでもルクソールでも古代の遺跡を前に、これら石の
多くがアスワンからナイルによって持ってこられたとの
説明を聞くが、確かに花崗岩、石灰岩の岩山がダムに
よって水位が上がっても尚、水面から顔を出す。
イシス神殿が見えてきた、
さらに上流に出来たアスワンハイダム程でないが、
上昇する水位に水没の危機があり、1980年すぐ横の
フィエラ島からアギルキア島に移築された。
プトレマイオス朝(紀元前304~30年)時代。
冥界の王オシリスの妹であり妻、
そして天空の主ホルスを生んだ母なる女神イシスに
捧げられた神殿。
イシスのレリーフが深くはっきりと残る入口、
ギリシャ建築にも通じる大列柱の回廊は、
その後のローマ時代には(40年~451年)に、
アレクサンドリアにて福音書を書いたマルコによって
キリスト教が始まった。
ローマ時代西方で迫害されたキリスト教徒にとって、
エジプトはよき避難場所だった。
ホルスを抱くイシスは、どこか聖母マリアに重なって
見えたようだ。その時代は教会にも利用された。
所々移築の際の切り出しが雑だったり、
神の偶像がくり抜かれていたりもするが、ここが正しく
イシス信仰の中心地だった。
アスワン郊外に残されたままの石切場。
切りかけで終わったオベリスクを見る。
お次は、ナイル川を古代の帆舟ファルーカに乗る。
帆を張って風に吹かれてナイルを遊覧。
自家製ボードに乗る少年が縁につかまり歌を披露、
見事に少年はボールペンをゲットする。
今度は船長が太鼓を叩いて船上で踊りが始まる。
それも良いけどお腹が空いた、
早く対岸のレストランに着かないかなぁ、と
思いつつ風任せ、ゆっくりと近づいて、、
やっと着岸。
さてカイロへ、1時間25分のフライト。
エジプト5000年の歴史がぎっしり詰まる街、人口1200万人が
うごめくカイロは今日も元気だ。
最後の夜、初めての地上のホテルはリッツカールトン。
お上品に夕食を頂いて明日のピラミッド観光へ備えよう。





























