朝起きてベオグラード。

ローマの時代後、6世紀よりこの地に定住を
始めたスラブ人はビサンツ帝国やハンガリー王国の
支配を経て、
1175年、(スラブの一部族)ステファンネマニャが
セルビア人によるセルビア王国を建国する。
その息子サヴァは正教を学び1219年セルビア正教会を
立ち上げる。
この国はその時から正教(東方正教、オーソドックス、、)
の国になる。

初代大主教をまつる教会内部ではミサが行われている。
正教会のミサは座ることなく、
主教のいる祭壇はイコノスタシスと言う平板によって
信者とのスペースが分けられている。
サヴァは聖人となりこの地に眠っていたが、
15世紀オスマントルコの治世になると、
(イスラム社会は他宗教にも寛大だが)
あまりに聖サヴァ信仰が根強かったため、墓を掘り
起こし群集の前で燃やしてしまった。
その伝説の基づき、聖人が燃やされた教会の横の
丘に現在新聖サヴァ教会を建設中。

1935年に始まり、現在も建設は続く。
外観は入口の装飾くらいか、
イスタンブールのアヤソフィアがモデルらしい。

内部には、少し前のサグラダファミリアの様に
足場が組まれ作業中。
完成すればイコノスタシスの平板で見えなくなる
聖域?天国?の祭壇の装飾がまる見えだ。

1999年コソボ紛争解決のためNATO軍は
セルビアの政治の中心に空爆を行う。
防衛省だった建物は今だ復旧中。

サヴァ川とドナウ川の合流地点。
どこまでも平坦なパンノニア平野にある小高い丘は
(目に見えるのは)ローマの時代から要塞が築かれて
きた。
丘の上のベオグラード要塞(カレメグダン公園)は、
陸と川を行き交う民族と、戦いの歴史を見続けてきた。
2000年の間に140回もの戦争がベオグラードにて
起こっている。

最後の戦争、ユーゴスラビア紛争ではセルビアは
加害者とされるが傷ついた街には、生活を取り戻す
為には欠かせない日本から贈られた100台以上の
市バスが日の丸マークを付けて走っている。
NATOの攻撃には劣化ウラン弾が使われたらしく
その後癌におかされた市民へ日本から医療協力が
行われているらしい。(ガイド談)
その草の根の交流を元に、カレメグダン公園の一角に
日本の泉と題された記念碑が置かれていた。
東日本大震災の時には、平均月収4万円失業者20%以上
のセルビア人が欧州でどこよりも早く募金を贈ってくれた
という。

丘(公園)の一角にスポーツクラブがあり
錦織選手のユニクロ仲間、ジョコビッチ選手が
育ったテニスクラブも。

サヴァ川を越えてチトー霊廟のある公園で写真を
撮り、
ボスニアヘルツェゴビナの首都サラエボへ移動する。

