添乗員になる前、なるための話はないけれど、、、 | 添乗員 森田 世界の旅

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森田さん、どうして添乗員を始めたんですか?


(真面目な話をして入るとき)、

そうですねぇ、やはり夢のある仕事を考えた時

宝くじ売り場で働くことも考えたけど、

夢の海外旅行に携わるこの仕事を選びました。


(もうこれ以上バスネタがないとき)

そうですねぇ、、、、。


(長いですよ、10分くらいで読めますがそこに

添乗員になりたい人へ、参考になる話はありません、)





今から、20年前

僕は高校生で、普通小学生でも気付く自分の実力

に気付かずにJリーガー目指してサッカー漬けの

毎日を送っていた。

朝5時に起きて、母のお弁当を持って自転車で40分

埼玉の空っ風に負けず朝練。

筋肉のために授業中は寝て、昼休みは筋トレ。

午後も寝て、

目指せ国立競技場、午後の

練習に集中した。


当時の強豪校は次々と対戦前に運悪く負け

うちの高校は(良くてベスト8の)中堅校でありながら

運良く決勝に進み

出来立ての埼玉スタジアム、秋なのに緑の芝生

を前に、

僕はベンチに座っていた。

試合は負けた。


僕はようやく自分の実力に気付き、サッカー

がポンっと頭から無くなった瞬間だった。

もちろん、家の置き電話の前でドラフト指名の

電話を待つも、

祖父母への健康器具の案内電話しかこない。


11月、授業に戻るも何もわからない。


その数か月前、我らが三浦カズ選手が

イタリアセリエAに移籍した。

僕はどうしてもカズ選手とイタリアの試合が見たく

それには月々3000円ほどのWOWOW放送に

加入する必要があった。


ケチな父が入れてくれるはずがない。

交渉は数か月続き、最後の最後は契約書を書いて

血印を押した。


サッカーが終わったら進学を目指し

一生懸命全力で勉強に励みます。


と、

サッカーがなくなって、さてとは思ったが

ベンキョウのべの字もわからない。


WOWOWを見てたらサッカー以外に映画放送

をやっていた、

映画なんて見る暇がなかったけどなかなか良い。


オイッ、ヨーヘー、映画なんか見てるんじゃない!

勉強しろ、勉強を。

父の声に、僕は妙案を思いついた。


親父、実は今まで言っていなかったことなんだけど

おれ、映画の道に進もうと思ってるんだ。


その日から大学ノートをこたつ上に

のせて映画を見る日々が始まった。


口から出まかせ、を形にするためとりあえず

新百合ヶ丘にあった日本映画学校という

専門学校へ行くことにする。


専門学校なので親にお金を出してもらえれば

誰でも行けるところだろうが、いちよう受験もあった。


受かったが2月、行く予定はなかった。


12月頃だったか、受験前のガイダンスで

右も左も映画を志して全国から来ている少年たち

に囲まれて、

校長の今村昌平氏が話をしている。

公開前の映像を見ながらあれやこれや、


少年よ、何か質問はないか?


僕は質問の質問もわからないが周りの少年たちは

一斉に手を挙げる。


先生、ロケ地はどうやって探すのですか?


これには映像監督の新城氏が答える。


私は若いころ車にカメラを積んで日本中回ったんだよ。

それが今に役立っているんだ。


そうだ、これだこれだ。

僕は口からでまかしでここに座っているが、今まで

サッカーしかしていなかった男に何ができるか、

書けるかって、何もない。

そうだ、とりあえず親父に言ってしまった手前、

試験は受けるが今入るのはやめよう、


一年間、車でカメラも買って日本一周してから

来年また受けなおそう。そうしよう。


家に帰って、

新聞に挟まってた求人広告を見てバイトを探す、


人生初バイトは、近所の車部品工場のライン作業員

になった。

これでカメラと中古の軽自動車でも買って旅に出よう、


今思えば、現役の高校生が夜中中、ライン作業を

していていいのか?だけど、思い立ってから

卒業式までの3か月半で、85万円貯まったのは

覚えている。






なんだか、文体が昨日列車で読んだ東スポの

コラム、椎名誠氏の喧嘩エレジーみたくなってる。

まぁいいか。

とりあえず、ベートーベンコンサートの送り迎えと

子供と公園だ。