予定を変更して明日予定していたアマルフィー目指し
ヴェスーヴィオ周遊鉄道で終点ソレントへ。
帰れソレントはナポリ民謡で
釜山港へ帰れ、はチョーヨンピルが歌いともに郷愁を歌ったもの。
列車は暑くなってきたのかいつもなのかやっぱり運転席の
扉は開いている。
ありとあらゆる扉が閉まっている現代、
全国の鉄道ファンにはこのヴェスーヴィオ周遊鉄道の最前列車両
がおすすめ。
ソレントからは駅前に止まっている大型とも
中型とも言えぬ世界遺産アマルフィーとその海岸線
の狭い海岸道使用のバスに乗って、、、
12世紀以降時代が止まり、現代の車社会でさらに
取り残された感のあるソレント半島の外海に面した
ソレントからサレルノにかけての30キロの海岸線は
1000年前の僅かな時間、海運国家として時代を築く。
1997年世界遺産、隠れリゾート地も世界のものとなり
日本からは織田裕二様がやって来て映画を取り
近年アマルフィーは大盛況
行かねば!
車でなく船が主役だった時代の町は
1000年前の船乗り同様、海に突き出た防波堤の
先端まで行って写真に撮る。
僅かに開けた平地、左右、背後は
ソレントの半島でも山でもある1000mを超える
山によって守られている。
ここが9世紀ピサよりもジェノバよりもベニスよりも
海運国家として地中海貿易の中心となり12世紀
ノルマンもやって来て大聖堂を建築するも
1137年ピサとの覇権争いに敗れ時を止めた
アマルフィー公国の都。
現在5000人の町は、その時代都として人口を増した
国民を住まわすため断崖が海に迫りくるこの地形に
ここは家の中の廊下でなく公道です。
公道を抜けるとなぜか礼拝堂が
これは10世紀聖ヨハネ騎士団、その後ノルマン
人が建てた大聖堂の一部。
礼拝堂は常に聖堂の中にあるが土地に限りがあるので
路地を抜けると頭の上に大聖堂ドゥオーモ、
歩いてきた路地は大聖堂の下を通っていた。
ノルマンらしいイスラム建築を思わせる石積みと
ビサンチンのモザイクの精度がすごい。
キリスト亡き後布教先のギリシャ後でX型の十字で
殉教したとされ彼を描くとき彫るときは決まって
背中に十字を背負っている。
彼の兄はペトロ、バチカンに眠る重要人物。
それを考えると彼の眠るアマルフィー大聖堂は
重要な巡礼の地としてもっともっとPRしても良いかと
わかりずらいけれど1本のメインストリートを行くと
最後に市でやっているプレゼピオがある。
これがイタリア式クリスマスの迎え方で、行政や
個人がクリスマスに合わせ、キリストが生まれた
エルサレムの馬小屋のひな壇を整え、25日に
最後赤ん坊のを中心にのせて祝うもの。
再びバスに乗ってサレルノへ、
アマルフィー海岸を全て走ってサレルノ駅。
21:30着。22:発。
観光色の強いヴェスーヴィオ周遊鉄道は各駅で
ゆっくり走るが、サレルノナポリ間は旧国鉄トレニタリア線
でナポリ直行30分。
ホテル着23時まえ。
明日は青の洞窟、カプリ島に集中しよう。










