用事で、金沢から母方の実家であり、故郷でもある氷見にも立ち寄る。
高岡も新幹線に向けて改装が進み一年でまた大きく変化していた。(特に駅再開発を進めてきた金沢駅は万を持して最終仕上げに入っている感じがあった。)
変わらない氷見線の景色はいまも昭和のよう、車内は情報端末の光景や増えた通学の高校生だけでなく、ハットリくんの丁寧な観光情報と車内放送にさらなる変化を感じた。

家のなかもモノは変われど雰囲気は変わらず、子どものころ大好きだった景色はそのままで、昭和の民家のまま。
なぜここが自分には神の家のようだったかいまやよくわかりません。
子どもに見えるものはもう見えない。だからこそ大人に見えるものをしっかりと見つめる責任と義務があるわけか……。
そして物置場に黒板が捨ててあるのだが、それが自分が受験後に書き残したまんまのもので。30半ばとなれば、もう公開処刑されているような恥ずかしさはなく。ただなにせ16年以上前の黒板の文字が、残っているのが不気味かつ不思議でありました。
まだ学校と学問を真実だと「信仰」していたころでした。まるでいまや遺書のようです。

高岡も新幹線に向けて改装が進み一年でまた大きく変化していた。(特に駅再開発を進めてきた金沢駅は万を持して最終仕上げに入っている感じがあった。)
変わらない氷見線の景色はいまも昭和のよう、車内は情報端末の光景や増えた通学の高校生だけでなく、ハットリくんの丁寧な観光情報と車内放送にさらなる変化を感じた。

家のなかもモノは変われど雰囲気は変わらず、子どものころ大好きだった景色はそのままで、昭和の民家のまま。
なぜここが自分には神の家のようだったかいまやよくわかりません。
子どもに見えるものはもう見えない。だからこそ大人に見えるものをしっかりと見つめる責任と義務があるわけか……。
そして物置場に黒板が捨ててあるのだが、それが自分が受験後に書き残したまんまのもので。30半ばとなれば、もう公開処刑されているような恥ずかしさはなく。ただなにせ16年以上前の黒板の文字が、残っているのが不気味かつ不思議でありました。
まだ学校と学問を真実だと「信仰」していたころでした。まるでいまや遺書のようです。
