艇界最年長の高塚清一選手が一昨日(3/7)、75歳を迎えました。


スポーツ選手ですよ。僕も含め、競技用のボードに乗ったことのない人にその過酷さはわからないのですが、そもそもの体力が伴わないと乗れないことは想像に難くありません。


ただ乗るだけじゃなくて、孫の世代か、下手すりゃそれ以下の若い選手とハンデなしの勝負をする。(ご本人の意識はわかりませんが)それを自分のためだけじゃなく、お金を賭けたファンが見ているという緊張状態の中でレースをしているんですよね。75歳にもなる方が…。


ちなみに今節でいうと高橋二郎選手が来月73歳になります。高塚選手ばかり取り上げられるので目立ちませんが、ホントに凄いと思います。


高塚選手も高橋選手も、もうそれだけで大尊敬なのですが、今日こうして僕が高塚選手について書こうと思ったのはまた別の理由です。




僕は約43年前に、競艇と出会いました。


父の好みなのか?ただただ自宅から(蒲郡より浜名湖のほうが)近かったからなのか?はわかりませんが、僕の中でのホームプールは浜名湖だったので、静岡の選手は(強さに関係なく)すぐに覚えたんですよね。もちろん、「高塚清一」という名前も。


当時、ゴールデンウィークやお盆にも地元シリーズはあったと思うのですが、それよりもしっかりと記憶に残っているのは「静岡県選手権競走」という名の正月レース。このシリーズの優勝者がその時期の旬と言いますか、「今、静岡で一番強い選手」という認識を、小学生のinya少年は持っていたかと思います。


僕のおぼろげな記憶だと、高塚選手は一度だけ、この静岡県選手権を勝ったことがある気がします。いや、実際には何度も優勝しているのかもしれませんが、僕のイメージは「高塚清一 = 一発屋」で、レーススタイルも捲り一本。その理由は重量級の選手だったから。つまり、ダッシュをつけないと勝てない選手だったんです。


たしか、体重制限などその当時はなくて、同じ捲り屋でも軽量級の牧野俊英(元選手、現解説者)なんかは45kgぐらいだったと記憶しております。


小学生だったので、誰がよくエンジンを出すなんて引き出しはなかったのですが(笑)、亡くなった父が言っていた「体重がある選手は不利」という理屈だけは納得できていたと思います。「15kgも差があればそりゃ影響あるよね」と。



そして所詮は小学生ですから、基本は強いか?弱いか?の二択(笑)その二択でいくと高塚選手は確実に後者で、そこから(僕自身が)もっと経験を積んで中学3年生ぐらいになると、「(高塚は)そこそこ巧いし、たまに強豪を負かすけど安定感はない」という評価に変わっていったんだと思います。




話を戻します。


今日、浜名湖のドリームメンバーを見て、思ったんです。1号艇に高塚清一、そして3号艇には「西田靖」の名前。


西田選手と言えば、『スーパーピット離れ』で一時代を築いたことで有名ですが、それよりもっともっと前、新鋭戦ではあの今村豊と肩を並べる存在で、新鋭を卒業する頃にはもう超がつく一流選手で、SGの顔とも言える存在だったんですよね。


そんな選手を差し置いて、一般戦レベルでの一発屋・高塚が、今回の浜名湖のドリーム戦ファン投票で、30年以上の時を経て、ファンに支持される名実ともに人気レーサーになったということがすごくうれしくて、「コツコツと頑張っていれば報われる」ということを証明してくださった気がして、純粋に「目標にしたいなぁ」と思い、書かせて頂いた次第です。


残念ながら、今日はエンジン的にもチャンスレースだったのですが、不運にもスタート前のエンスト(レースやり直し)で欠場失格。


選手責任になるのかどうかわかりませんが、気を取り直して優勝を目指して欲しいです。