AIが進化して、病気を検知できて、社会背景も計算できるようになる。そこで「この人はここで治療しても苦しみしかない」と判断したら、大した病気ではないと安心させてくれたあと、本人の了解を得ずに安楽死させる。

 

 どれだけヒドイ悪用ができるだろうか、と思うが、善意100%で運営されたなら、かなりユートピアになりそうだ。

 

 まぁ、知れ渡ったら大した病気ではないと判断された時点で「殺される!」と思う人が続出して何の意味もないだろうし、知られてないなら、死の恐怖は相変わらず続くことになるだろう。

 

 安楽死も、例えば同調圧力的に安楽死を選ばされたりするような危険を一旦除いても、楽じゃないだろうな。自分で死を選べるなら、苦しくなってから、今でももっと薬で自殺してるだろう。

 

 ある程度の年齢を迎えたら、もう自由意思などいらない。どうせ自由に生きる方法などないのだから、せめて善意のあるやり方で消し去ってほしい。収入とか身体の丈夫さとかから判断すれば、幸せになれるかどうかなんて大体わかるのだから。

 

 生まれてから一生行くことのない場所はいくつあるだろうか。そこに行く権利を剥奪されるかわりにお金がもらえるとしても、ちょっと迷うかもしれない。いけないとなるといきたくなる。でもお金もらったほうがいい、絶対。そういう気の迷いに、自由意思の尊重は似てる気がする。

 

 どうせできることなんてたかが知れてる。なのに自由な行動ができなくなるような収入の不足や身体の不調があっても、「なにかできるのではないか」と思ってしまう。自分で決める余地を残したくなってしまう。だから、もし安楽死ができても本人の意思を問うことになる。

 

 いいよ。取り返しのつかない人生だと社会が判断してくれたら、どこか比較的気持ちのいい日、その夜に楽にしてほしい。そんな権利が欲しい。それとも、死ぬ前の苦しみに縛り付けておくほうが儲かる人がいるのかな。

 

 ・・・という感じで、心が弱ると愚かなことを考えてしまうね。そんなはなし。