二回目のCRPSは結局完治することはなく症状固定に成ってしまいました。
中指と親指で物を挟んで持つことができない。それより気分が晴れない。
ずっと重い気分。倦怠感ってやつ。もう5年も付き合って慣れてきたが当時は何とか
治そうとしたが今は諦めている。左手中指に麻酔した時だけ気分が晴れた。
2回も会社で事故をおこし製造業はもう無理なのかと思い違う道を探す。
しかし20年間製造業の現場しか知らないおっさんが他の仕事を探すのは難しい。
とりあえず訓練校に行ってみる。現場がダメなら事務的なもので、ということでAutoCad
を習ってみた。学校が終わって家でもずっとCadを触ってた。多分人生で一番勉強したと思う。
半年で何とかコマンドは使えるようになった。
それから派遣で建築系の仕事に就き製品検査、工程管理、Cadで簡単な図面書きなどをやり、めでたく正社員になり給料も長く働いた前職よりも多く貰えた。
これで安泰と思っていたら今度は、製品検査での安全靴のつま先立ちが原因で足底腱膜炎になった。この病気もピンキリ。自分の場合一度座ったら次立ち上がるのに激痛が走るくらいの痛さに加え10分以上歩けなくなってた。
建築・建設の仕事
仕事に慣れてきて仕事量はいつの間にか膨大になってた。やってもやっても片付かない仕事。翌日に持ち越せばそれが癖になり仕事が廻らなくなりどうしようもなくなる。酒の量が増える。睡眠不足に陥る。
足底腱膜炎で2週間の休みを何とか貰って、これで疲れを取ってまた頑張ろうと思っていたが全然疲れが取れない。痛みが治まっていた両手に違和感が出てきた。CRPSの悪夢がよみがえってきた。おそらく自律神経が乱れてきたのだと思う。倦怠感、足底腱膜炎の痛み、治療の体外衝撃波治療の激痛、痛みによる自律神経の乱れ、睡眠不足、早く仕事に復帰したいが体が動かない。心と体のアンバランス
はい、うつ病患者の出来上がり!
鬱になった時の事はあまり覚えてない!ただ毎日パソコンの電源を入れてたのに
入れられなくなったことぐらいしか覚えてない。
1~2週間で「死にたいモード」をなんとか脱した。
(鬱だと認識できてないから病院には行ってない。)
会社に迷惑が掛かる、今は何も考えたくない、給料よかったから辞めたくなかったが、仕事のことを考えたら頭が爆発しそうになるので退職の旨を伝える。何回か上司が家に来たが何を話したか全く覚えてない。
退職して1~2週間ぐらい経って初めて自分が鬱だと認識できるようになった。
精神科に行ってサインバルタを2日間飲んだが体の節々の痛みは無くなったが頭の痛みは取れない。なぜか恐怖しかない。1週間後受診の予定が恐怖のあまり2日後に再受診。神経内科を勧められる。
神経内科に行って薬をもらったが何かわからない恐怖で結局一粒も飲めなかった。
イオンに行くも恐怖で館内に入れなかったりもした。おそらくパニック障害だろう。
ひたすら家でyoutubeを見てた。
鬱に関しては病院は4ヶ月で精神科2回、神経内科6回しか行ってない。先生に病状を話すのが苦痛、頭で思ってることが口に出来ない。考えたら頭痛がする。何も考えたくないが優先するから全ての事が億劫になる。
考えることが苦痛だが今までやって来たことは出来る。
失業保険の申請は何とか出来た。
90日たっても病状は改善せず延期目的でまた訓練校。わずか2年でまた来てしまいCadの先生には目も合わせられない。前回と違い全く勉強する気が起きない。ただ今回は女性が多い。今まで製造業でヤローばかりの人間関係で家以外で女性と話すことはほとんどなかった。異性と話す事は良いリハビリになったと思う。
突然襲ってくる恐怖、頭痛、足底腱膜炎で15分立ってたら痛くなる足に何とか耐えて訓練校を卒業できた。足底腱膜炎は訓練校の途中(発症から約11ヶ月)で自然治癒しました。
これまでの経験を踏まえ、今までやって来たことは出来ると思い、結局製造業で職を探す。
短時間、単純作業、左手中指に負担を掛けないなら、なんとか働けそうに思えた。
こんな時は派遣は便利だ。仕事が合わなかったら別の仕事を紹介してくれるから。
最初の職場がドンピシャでよかった。左手中指に負担がかからない、割と単純、残業なし、クレーン、フォークリフト、玉掛け持ってたから時給Max なんとか頑張れそーだった。
体重10キロ減ったがなんとか頑張れたが、入社して1年
はい、またやってしまいました。
左手中指骨折
左手、人差し指、中指、薬指を軽く詰めただけだが、骨がまともではない中指だけ縦にひび割れ、全治2週間と言われる。去年の9月の出来事。
2週間経ってレントゲン撮るも全く骨がくっ付いてない。4週間後レントゲン撮らないままギブスをはずす。
すると、やつが出てくるのですよ!
CRPS
同じ場所怪我したら、またCRPSになるから絶対突き指、打撲はだめと言われてこのザマ
3回目となればある程度痛みは予測できた。
激痛は激痛なのだか、耐えることが出来てる。
もともと左手中指に負担が掛からない職場なので、病院の時以外は休まず働いてる。ただ倦怠感はすごく増した。
3回目の専門医受診
前回の萎縮、拘縮と区別がつかないので病名はCRPSではなく神経性疼痛になった。
独特の痛みは変わらない。
骨は今年1月の時点で縦割れの上がくっ付いて真ん中空洞みたいになってる。
先週あたりから疼痛が治まってきて、すこし元気が出てきた。
今年からブログを始めようと思っていたが、倦怠感がひどくなかなか始められなかったが
ようやく書けた。
これがこの6年で起きた自分の病気。文章も支離滅裂だと思うがこれが今の自分の姿です。
鬱のところを書くと頭痛が激しい。
ゆっくりでも治ってくれたら嬉しいな
ではノシ