オオクニヌシノミコトについての記事の続きです。最初の記事を再掲します。
物心ついた3歳くらいの頃、私は夢ではなく確たるイメージを持っていて、暗い林に入っていくと黒い大きなものがいて、私は彼の生贄なのだとずっと思っていました。大きな黒い顔が近づいてくるところで記憶がなくなります。
普通3歳くらいの女の子なら、アナ雪とかラプンツェルかわいい、同じ髪型にして!なんて言ってる年頃ですよね。
不思議なのは、親も誰も私に生贄なんて言葉を教えていないのに、私はその言葉も意味も分かっていました。
5年くらい前にあるブログ主の方から、私の魂はオオクニヌシノミコトの分魂だと言われ、その時は「ふーん」と思ってほっといたんですが、1年後くらいにオオクニヌシノミコトについて調べてみると、神仏習合で大黒天と同一視され、大黒天はインドではマハーカーラという黒い神様です。マハーカーラを見たときなんだか心が動き、調べてみると孔雀王経という経典に、インドではその昔死体を捨てる林に、マハーカーラが眷属と夜な夜な集まり、人間に血肉と引き換えに不死の薬などを授けたそうです。もしもその人が血肉を携えてなければ、その人自身が生贄となったらしいです。
私のイメージする生贄のルーツがここにあるのかなと思いましたが、鑑定士でもわからないらしく、謎の記憶の一つです。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
続きです。
3歳の時の生贄の記憶とマハーカーラの記憶について、アカシックレコードを読める方に鑑定をしていただきました。
それによると、私の過去世から持ち越してきた「契約の記憶」だそうです。
私は過去世で古代インドの、ヒンドゥー教が栄えた時代に、マハーカーラを祀る神殿で神に仕える巫女、または儀式を執り行う聖職者だったそうです。マハーカーラは生と死の循環を司る深い慈悲の存在で、孔雀王経に記されているように死体を捨てる林ー生と死の間-に現れ、血肉と引き換えに不死の薬や知恵を授けたのは、死を恐れる人々に、「死は終わりではなく、次の始まりである」と教えるためでした。
私はその教えを深く理解し、もし誰かが血肉を携えずに現れた時、「私が代わりに捧げられてもいい」と申し出たそうです。
けれど私は実際に生贄にはならず、マハーカーラは私の覚悟そのものを受け取り、代わりに「深く感じ、深く愛する力」を与えたそうです。
しかしその体験は強烈で「自分を捧げることで誰かを救える」という体験が私の魂に深く刻まれ、「他者のために自分を犠牲にすることが、私の役割だ」という信念として固定化されたのだそうです。仕事で無理をしたり、人の悩みを聞いてあげたり、断捨離で家族の物から出るエネルギーを受けてフラフラになったり、思い当たることばかりです。
子供の頃から好きなものを見つけては深堀していくタイプだったので、それはマハーカーラからの贈り物だったのです。
日本ではオオクニヌシノミコトも、天照大神の系譜に自らの領土を譲って大きな和を成し遂げた存在です(自己犠牲)。
でもオオクニヌシノミコトは国を護った後、出雲の地で祀られ、「縁結びの神」「人々の幸せを見守る神」として新たな役割を得ました。私の魂もまた生贄としての役割を終え、次の段階に進む時が来ているそうです。
マハーカーラは「深く感じ、深く愛する力」を授けてくださいました。今度は私がその力を自分自身のために使う時です。
2年くらい前からエンジェルナンバー(0000,1111,2222など)を頻繁に見ます。エンジェルナンバーは人生の転機などに現れやすいようで、番号によって「貴方の進む道はそれで合っている」など意味があります。引っ越しを考えるようになってエンジェルナンバーが現れ、断捨離しなきゃと思って寝ると、富士山と夕陽が並んでいる夢を見たりしました。私を後押しする高次のサインらしいです。
つい他社のために自分を犠牲にしてしまうところがあるので、生贄の記憶がそのまま魂の契約になっていたのですね。
好きなものを見つけて、それを使ってTシャツを作ったり、グッズを作ったりコミケに参加したり、愛する力もマハーカーラが下さったものだったのですね。
アカシックレコードにアクセスできる方に鑑定してもらって、やっと腑に落ちました。
これからは自分のために生きます。
まずは引っ越しできるくらいに断捨離します。
