父は昭和一桁生まれで、太平洋戦争の時小学生でした。

学校で兵隊さんへの慰問袋を送り、父は見知らぬ兵隊さんにあてて手紙を何通か書いて袋に入れました。

 

7通ほど学校へ父宛にお返事がきました。それは、南志那軍だったり、樺太だったり、戦艦長門だったりいろいろな部署の兵隊さんが、父の手紙に励まされ、勉強を頑張って下さいと父への激励の手紙でした(写真)。

父が元気な時、兵隊さんの手紙を見せてくれ、「兵隊さんのご遺族にお返ししたほうがいいのでは?」と言うと「これは僕の宝物だから」と返す気はないようでした。

手紙が一通、あとは普通のはがきや絵はがきでしたが、私は返す方がいいんじゃないかなあと思っていました。

 

その父も12年前に他界し、私は手紙をどうしたらいいのか考えました。私のホームページで公開してご遺族を探すか、しかるべきところに寄贈するか。

靖国神社のサイトを見ると、戦争戦没者の遺品を扱うとのことで、兵隊さんたちの手紙はその方がどうなったのかわからないので戦没者関係の団体はダメです。

 

困って関西の友人に相談したら、テレビ局か新聞社がいいのではと言われました。確かに、マスメディアは毎年終戦の頃戦争特集を組むので、そうしようと思いました。

結果的にNHKがよいのではと思って問い合わせ・要望メールフォームから、戦時中の兵隊さんの手紙を寄贈したい旨を書いて送りました。

 

ひと月ほどたって、メールが届き、アーカイブズの担当者のメアドが載っていたのでメールして、8月末の暑い日に私が渋谷のNHKに手紙を渡しに行くことにしました。西口の入り口で待ち合わせし、担当者の方がいらして、入館証をタッチしてゲートを通り、打ち合わせ室のような部屋に通されました。

 

担当者が一つ一つ手紙やはがきを見て、所属部隊が様々なのに驚き、はがきが戦争が進むにつれてサイズが小さくなっていると指摘されました。担当者のお話では終戦の時、戦没者の遺族に年金などを払うこともあり、厚生省が靖国神社に戦没者名簿を納めたそうですが、GHQが早く軍部を解体してくれと要望を出していたため、解体前に名簿を出さなくてはいけないので大変忙しい作業だったらしいです。多分データ漏れが多数あったと思います。

 

私が兵隊さんのご遺族や子孫の方に、手紙をお渡ししたいと言ったところ、軍籍や本名は個人情報にあたるため公開ができない、厚生省の軍籍のデータにアクセスできるのも子孫に限られるのとのことでした。

 

お手紙を子孫の方にお渡ししたいのに、他人が子孫の方を探すには個人情報がネックになっていて探せないというジレンマ。

 

担当者の方は、戦後百年などの節目の時にもしかしたら子孫の方を探すことができるかもしれないと仰いました。また、戦争特集などを組む時に手紙の方の情報が出るかもしれないので、貴重な資料として手紙をお預かりしますとのことでした。私は「お手紙が古くて個人の保管には限度があるので、ぜひNHKさんで手紙を役立ててほしいです」と伝えました。

帰る時粗品をいただき、うちに帰ってから開けたら「べらぼう」の手ぬぐいでした。

 

NHKに行って何日か経った頃、夢の中に男の人が出てきました。姿は見えませんが男性だとわかりました。

その人は「終戦前に所属が変わった」と言いました。

それを言えるのは、父に手紙を下さった兵隊さんだと思いました。私が手紙をNHKに持って行ったのを彼は見ていたのでしょう。

手紙の軍籍で検索しても厚生省のデータには載っていないということを伝えたかったのねと思いました。

それをわざわざ言いに出てきたのはなぜなのか。データに載っていない事だけじゃなく、彼の魂はまだ成仏していないのではないかと思いました。

 

それ以来、毎日仏壇で先祖供養をする時に、父に手紙を下さった兵隊さんのお名前を一人ずつ読み上げながら、成仏できますようにと祈っています。

あと、個人情報も守られるべきものですが、遺品をお返しするような特殊な事情がある場合、他者が情報を扱うことについて融通をきかせてほしいと思います。

 

最近チャネリング能力が落ちたので、5年前なら兵隊さんを呼び出して質問できたのですが、今できることは仏壇で祈ることです。もし夢に兵隊さんが出てきたら、データに載っているか、成仏できたか聞いてみます。