小説:午前0時の地下水路
おれの名前は、ヒトオホカミ。
赤鯖在住の一匹狼だ。
まー、むかしはおれも、ギルドに在籍してギルド戦とかに出て戦ったこともあったが、たいした活躍はできなかった。
そうそう、インベントリ姉さんのペットとして戦ったこともあったな。でも最近は、ぜんぜん使ってもらっていない。
いまでは、ギルドにも在籍していないし、ごくたまにソロで狩りをしてほそぼそと暮らしている。
ついこの間、そう2週間ばかり前だったかな。
建てたときにできた借金を踏み倒して居座っているインベントリハウスで兄弟のヒトオーカミと寝っ転がってテレビを観ていたら、露店中のインベントリ姉さんから耳が来た。
「ねえ、ヒトオオカミってだれだっけ?」
ヒトオオカミ?
彼は、インベントリ姉さんのペット仲間だ。それは姉さんも知っているはず。
ペットとして戦うときはおれと組むことが多いが、実際は赤鯖におけるおれたちファミリーの、創始者の中のひとりだ。
「ヒトオオカミは姉さんのペットじゃないか。それがどうかしたの?」
「いま、ヒトオオカミから耳がきた。午前0時に、地下水路右下にて待つっていってた」
ヒトオオカミから耳?
「まさか、ありえねぇ」
おれは思わずつぶやいていた。
テレビを観ていたヒトオーカミが、不審そうにおれの顔を見る。
実際ヒトオオカミが、いまどこで何をしているのか、おれも知らない。
彼は赤鯖で、ビショップ神明と、剣士jrok とともに、ほぼ同じころ誕生したウルフマンだ。
姉さんのペットとして一緒に戦うようになる以前に聞いた話しでは、彼は赤鯖初期にあったあるギルドに在籍していたが、そのギルドのギルマスが行方不明になってしまって、ギルドがおとりつぶしになって消滅してしまってから、活動を停止してしまったらしい。
「そのギルドのギルマスっていうのが、当時ちょっと有名な人でさ。」
おれはヒトオオカミの話してくれた昔話を、ふと思い出していた。
「行方不明になったあと、おれもちょっと調べてみたんだ。いろいろ嫌なウワサがあった。アイテム持ち逃げとか、ビショップを移動ポット扱い発言とかね。
でもね。おれは同じギルドにいて、彼が、ギルド戦にポットなしで出てるって発言したギルメンにはげしく怒ったところを、見たことがあるよ。まあ、ギルド戦も始まったばかりのころだったし、そーゆーこともあったかもしれないし、ポットなしで出てるっていった人もマジでいってたのかどうか、いまとなってはどうでもいいことだよ。ただ、そのときのこと思い出して考えると、ビショップを移動ポット扱い発言っていうのは、ちょっと信じられなかったな。
まーでも、軽口としてそんな発言があったとしても、別にたいしたことでもないじゃないか。
アイテム持ち逃げは、そうはいかないね。犯罪に近い行為だ。
持ち逃げしたアイテムは、無限矢だったかなあ。いまは安いけど、当時は結構高価な品物だったんだよ。
このウワサはどうも、本人が消えてから出てきたような感じだったなあ。誰かがアイテムをあずけていたっていうことなのかな。それで消えちゃったから騒がれたのかもね。
でもこれに関しても、ウワサがあった。彼はIDを盗まれていたかもしれない、というウワサだ。中の人が別人なら、そのキャラを使って、どんな悪さでもできるね。
結局、ギルマスが長期にわたって不在であるという理由から、そのギルドはおとりつぶしリストに載ってしまった。
本人があらわれないんじゃ、いろいろなウワサは、あくまでもウワサでしかないね。
ギルドが消滅した日の夜、おれは古都の噴水のところで、青ポット連打しながらベルセ泣きをしたよ。
初めて入ったギルドで、思い入れがあったからなあ。あー、おれはまだベルセマスタじゃなかったし、青ポットも手持ちのものが少しだったので、何回か泣いただけですぐ泣けなくなっちゃったな。
あとでネットでググったら、いくつかのBBSで何人かがその話題で彼に粘着してたのを見た。すがたを消す前あたりまで、彼本人が受け答えしている発言もあった。有名だから粘着されたのかな。個人的な恨みをどこかでかっていたのかもしれない。
彼の受け答えの発言は、まじめなものだったな。でも、粘着目的の人にまじめに答えても、わかってもらえることは少ないよね。
実際、ネットってこわいよ。BBSでクシとか使えば、自演で流れをつくっちゃうことだってできるからね。」
ホントは、粘着されてイヤになっちゃったのかもしれないなあ、とヒトオオカミはつぶやいて、さびしそうに笑っていた。
ヒトオオカミとおれはウルフマンだが、ウルフマンっていうのは、この世界がスタートしたばかりのころは、大器晩成かもしれないネタキャラとして扱われていたこともあったんだ。
最初は育ったキャラがいなかったから、剣士やビショップのように盾を持っているわけじゃなく、アーチャーやウィザードのように遠距離攻撃でもなく、ランサーのような良回避スキルもないウルフマンは、すぐ死んじゃう癒し系なんていわれていたときもあった。
でもそのうちチェーンやベルセの破壊力が恐れられるようになってきて、ちょっとだけいい時もあったんだよ。スタリンのカリスマが健康になることがわかってくると、ウルフマンはもしかしたら最強職かも、なんてささやかれた時さえあった。
だけど、ベルセの防御力低下が実装されて、いいときは長くは続かなかったな。薬回復の効果が知れ渡ったら、ギルド戦で敵を倒すなんてことは、ウルフマンにはなかなかできない時代になってしまった。
ヒトオオカミのギルドがなくなってしまったのは、ちょうどそんな、ウルフマンにとって苦しい時代の始まりのころだったんだ。
おれとヒトオーカミは、そのころはまだ駆け出しで、西口で露店なんかやってほそぼそと暮らしていた。
ヒトオオカミとは、西口で知り合った。
ヒトオオカミのギルドが消滅する少し前に、テイマサマナが実装されたんだっけかな。ヒトオオカミの仲間の剣士jrok は、ちょうどコロレベルになったばかりで、テイマの実装によってあっという間にコロのタゲ取りの職を失った。そう、そのころの剣士っていったら、コロではPTにひとり、タゲ取りとして確保された椅子があるのみだったんだ。うーん、実際は火力枠ではいる剣士もいたはずだけど、jrok はそう考えていたみたい。
それでレベルの上がらなくなった jrok は、北へ行くといって行方不明になってしまったんだ。
そのころ元気があったのは、ギルドに入ったばかりの神明くらいかなあ。
そんなこんなでいろいろあって、ヒトオオカミは、もうギルドに入る気もなくて、西口で憑依露店をやったりハノブの近くでオオカミと一緒に走って野性に戻ったりしていたな。
それからしばらくして、テイマサマナ実装ブームもひと段落したある日のことだった。
西口で露店をしてたら、ヒトオオカミがひょっこり顔を出したんだ。小さな女の子をひとり連れていた。
「ハノブの近くで、オオカミと一緒に走ってたら発見した。この子もオオカミの群れの中にいたんだけど、ウルフマンには見えないから、たぶんサマナかテイマだろう。神明がカバンがいっぱいで困ってるっていってたから、荷物持ちに仲間にいれることにした。」
この女の子がつまり、インベントリ姉さんだ。
ヒトオオカミはそれから、あまりすがたを見かけなくなった。神明もギルドでいそがしいので、自然におれとヒトオーカミと姉さんは仲間になっていったんだ。
インベントリ姉さんっていうのも不思議な人で、それからスクスク育っていったんだけど、ファミリー意識が強いのかなあ。最初は西口の病気のコボルトとかペットにしていたんだけど、ヒトオホカミもヒトオーカミも神明もいまはファミリーなんだから、全員わたしのペットになっていつも一緒にいなきゃダメ、なんていいだした。いまはいないヒトオオカミや jrok も、なんとか探し出してペットになれば、もうはなればなれになることもないよっ、なんていうので、当時は一生懸命に探したなあ。
うんうん、ふつうはキャラクターがペットなんて、ないよね。モンスターとキャラは、別物だからなあ。でも、インベントリ姉さんにはなにか、特別な力があるのかもしれないな。彼女が捕まえたモンスターは、かつてその場所にいたそのキャラの、残存思念のようなものらしい。
もちろんおれたちや神明のような現役のキャラは、姉さんにペットとして使われると、そのペットになって話しもできるし戦うこともできる。ヒトオオカミや jrok は残存思念だから、ペットとして使われても比較的無口だねえ。
そう、ヒトオオカミはペットとして一緒に戦っても、無口だったんだ。
あまり最近はペットとしても活躍の場がないのではっきりしたことはいえないけど、ヒトオオカミがどこかで元気にあばれまわっているのなら、ペットとしてあんなに無口なはずがない、とおれは思うんだ。
「どうかした?」
家でテレビを観ていたヒトオーカミが、ヒトオオカミのことを考え込んでいたおれに、話しかけてきた。
「ん?いや、なんでもないよ」
ヒトオオカミから姉さんに耳なんて、変だな、とは思いつつも、そのときおれは、それほど気にも留めていなかったんだ。
その翌日あたりから、インベントリ姉さんからおれに、ウッヒョーではじまる耳が何度も飛び込むようになってきた。
「ウッヒョー!良品ゲット、SUだよ、SUばっかり拾っちゃうよー!たすけてー!」
正直、人の良品ゲットの話しなんか、そう何度も聞かされるのは気分のいいものじゃない。それにしても、なんだか急に景気がよくなったなあ、姉さん。ちょっとうらやましいな。
そういえば、ヒトオオカミの耳がきてからかなあ、姉さんの景気が急によくなったの。
姉さんに耳でそのあたりのことを聞いてみたこともある。すると姉さんは、
「ふぇっへっへっへ。それについては、シークレットですから!」
といって、教えてくれなかった。
しかたなくおれは、自分でヒトオオカミを探してみたりもしたが、いつもインしていないようで見つけ出すことはできなかった。
ウッヒョーの耳が聞かれなくなったのは、1週間ばかり前からだ。
あんなにウヒョウヒョいっていた姉さんの耳が、パッタリこなくなった。
最初のうちは、きょうは静かでいいなあなんて思っていたが、さすがに1週間もたつと心配になってくる。友録で検索してもインしている気配がない。
なんだかおれは、急にさびしくなってしまった。
まわりのキャラクターが、少しずつ消えていく。とうとうインベントリ姉さんまで、いなくなってしまうのだろうか。
夜中に古都の噴水のところで、ベルセ泣きをしたというヒトオオカミの気持ちが、なんとなくわかったような気がした。
おれは毎日、インしては友録とにらめっこをして、必死で消えたインベントリ姉さんが現れないかと待つようになった。
午後11時50分。
そろそろ寝ようかな、と思っていたら、友録のリストの中のひとりに色がついた。
神明だ。
彼も最近は、所属ギルドが不活発になってきて、さびしくなって抜けてしまったので、あまり活動はしていない。
もともとレベル上げに興味を失っていてギルド戦だけに出ていたのだけれど、もはや自分の力で守れるものは何もない、と自分の無力さを痛感して、ギルドを抜けたようだ。
神明は、ブルネンシュティグの銀行にいる。こんな時間に何の用があってインしたんだろう。
耳をしてみようかな、と思ったら、移動をはじめた。
おれは西口を出たところにいたので、直接あってみようと思いなおし、古都に入る。
古都に入ってもう一度友録を確認すると、神明は、地下水路に移動してしまったようだ。
地下水路?
なんだかイヤな予感がして、おれは足をはやめた。
午後11時55分。
「神明!そこでなにをしてる?」
おれは必死で古都を走りながら、神明に耳を送った。
「お、ヒトオホカミ。ひさしぶりー」
神明の、のんびりした耳が帰ってくる。
「なにをしてるんだ!?」
「へっへっへ。それは秘密なんだよ。姉さんとおれとの秘密なんだよー、いえないね」
地下水路の入り口に着いた。
おかしい、なにかおかしいんだ。どこかが決定的におかしいのに、それがなにかがわからない。
神明は、どこにいる?姉さんだって?姉さんもそこにいるのか!?
たしか姉さんがヒトオオカミから耳をもらったときには、地下水路右下っていってたっけ。
「ワオーーーン!!」
おれはビーストベルセルクで走るスピードをブーストして、地下水路右下を目指して走った。
午前0時をまわった。
地下水路の右下の端っこに、神明が立っているのが見える。
その向こうに露店があった。なんかURLが書いてある露店だ。
露店主にカーソルを合わせると、インベントリ姉さんだった。だが、なにかおかしい。
なにがおかしいのか、すぐにわかった。
姉さんの名前に、若葉マークがついている!
はっとした瞬間、露店が閉まって、インベントリ姉さんが立ち上がった。
そしてニヤリと笑って、若葉マークのインベントリ姉さんは、消えてしまった。
神明は、放心したように何もいわず、そこに立っていた。
「おい!何があった、なぜ姉さんが若葉マークなんだ!」
おれが何度問いかけても、神明はこたえない。
いったい、何がおこっているんだ。たましいのビショップのたましいまで抜けてしまったのか。
おれはガックリと、その場にへたりこんだ。
すると、ボトボトボトーっと音がして、目の前にポーションや万病などのアイテムが落ちてきた。
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。こりゃスゲエ」
はっとして目を上げると、神明がだらしなく笑っていた。
神明の意識がもどったようだ。
「お、ヒトオホカミ。きちゃったの?」
「きちゃったの?じゃないだろ!何があったんだっ」
「いやあ、きょうひさびさに夕方インしたら、姉さんから耳がきてさ」
神明は、ニヤニヤ笑いながら、自分が落としたアイテムを拾いはじめた。
どうやらベルトがはずれて、アイテムを下に落としてしまったようだ。
「最近姉さん景気よかったじゃないの。その秘密を教えてくれるっていうんで、ここで待ち合わせしてたんだ。そしたらここにSUばっかりの露店があってさー、ふふふ」
「それで、どうした?」
「いや、秘密だから。それはいえないさ、プロミス、プロミスだもの」
こいつー、神明のやつ。
そのときおれは、さっきチラッと見た姉さんが若葉マークだったことを思い出して、ドキリとした。
「おい、神明。あんた、さっき姉さんが若葉マークつけてたのを見たか?」
「若葉マーク?いや、気がつかなかったなあ」
神明もここで、はじめて不安そうな顔になった。
おれのなかでも、不安がどんどん広がっていく。さっき見たインベントリ姉さんは、本物のインベントリ姉さんなのだろうか。
いや、そもそも・・・。
おれはここで、大変なことに思い当たった。
最初に姉さんの耳をもらったときから感じていた違和感の正体が、ついにわかったのだ。
ヒトオオカミ、インベントリ、神明。この3人は、IDが同じなのだ!
なので同時にこの世界に存在するのは不可能、おたがいに耳を送れるはずがない。
ふだんから姉さんのペットとしておたがいに話しができるので、こんなカンタンなことに気がつかなかったのだ。
「に、にせものなのか、さっきの姉さん」
どうやら神明も、真っ青になったおれの顔色を見て、事態の深刻さが飲み込めてきたようだ。
そうだ。最初のヒトオオカミが、そもそもニセモノだった。ニセモノがいるってことは、本物のヒトオオカミはもはやこの世に存在しない。そして姉さんも。
「露店に、URLが書いてあったんだ」
神明が、ポツリと話し出した。
「それで、いまそのURLのところへいってみた。そしたら、そこに巻物エミュレーターっていうソフトがおいてあった。なんでも有料アイテムの巻物を使ったときに流れる信号を解析して、ウラで擬似的に巻物を使ったときと同じ信号を流すソフトだって書いてあった。一回使うとソフトは消滅しちゃうけど、無料でダウンロードできた。
使ってみたら、ステータスとスキルがいっぺんに初期化されるんだ。ちゃんと動いた。
たぶん姉さんは、これを使って運極にして狩りをしていたんだろうな」
読めてきた。
たぶんそのソフトに、トロイとかバックドアとかいわれる、ウィルスのようなものが仕込まれていたのだ。
だがIDは、すでにヒトオオカミをニセモノにすりかえた時点で、わかっていたはずだ。なぜ姉さんや神明までワナにかける必要がある?
アイテムか?敵はターゲットにアイテムを集めさせておいて、ごっそりと奪っていく。足がつかないように次々と別なニセモノにのりかえながら。
神明がソフトをダウンロードしたというURLは、そのあとおれもすぐに行ってみたが、あとかたもなかった。
おそらく使用したときに信号を送って、すぐに撤去してしまったのだろう。
なぜ同じIDなのに彼らがキャラクターの消去に気がつかなかったのか、おれにはわからない。おれたちはただのキャラクター、この世界の中にしか存在しないからだ。
だがもしかしたら、ヒトオオカミもインベントリ姉さんも、本当はまだ消去されていないのかもしれない、とおれは思い始めている。
だって、ヒトオオカミのカが「力」という漢字だとしても、キャラクターを作ることは可能だ。インベントリのベが林家ペーのペだとしても、ちょっと見には気がつかないからね。
結局、地下水路の事件から一週間ほどして、神明もこの世界で見かけなくなってしまった。
だけどおれは、彼らがいつか帰ってくるかもしれないと、ほのかな希望を抱いてまっている。
ある日、たったひとり残されたおれの兄弟ヒトオーカミが、テレビを観ながらポツリといった。
「お。ひさしぶりに神明から耳がきた」
「なに!?ホントに神明か?ソレ」
「うーん、よく見たらちがった。ネ申日月だった!」
(この物語は、すべてフィクションです。)