伝える責任。考える責任。
どうも、ご無沙汰ブログです。
4月、5月とあっという間!
この間、自分にとって重要な出来事がたくさん起こってました。
4月
宮城の被災地へ物資の輸送へ行ってきました。
震災からちょうど1ヶ月くらいのことです。
自分が「少しでも役に立てるのであれば、何かできることをやりたい」と思い、
ちょうど機会にも恵まれ行ってきました。
自分ができることはとても限られてました。
復興は1,2年の話ではなくもっと長い年月が必要とされるんだと思いました。
目の前の景色、鼻を刺激するにおい、唖然としました。
物資を受け取った人たちに「ありがとう」と行ってもらった時とても複雑でした。
自分たちよりはるかに厳しい状況の被災地の人の気持ちを理解しようとしても、
きっと出来ません。
結局自分が物資を届けに行ったことで一番救われたのは自分なのかも知れないと思いました。
「自分は被災地の人たちの役に立てた」と思えることは、結局は自分のためなのです。
東京にいるとどうしても震災が過去のことになってしまっているのを感じます。
震災後から何も片付いていない街を見た時、「過去」ではなくまだ「現在」のこと
なんだって再度実感しました。
直接被災地に訪れたことで、自分にも何かしらの責任があると思ってます。
伝える責任、やれることはやる責任、どうしたらいいか考える責任。
行く前まではどこか他人ごとで「自分がしたところで何も変わらない」でしたが、
自分ごと「自分がしなければ何も変わらない」に気持ちが切り替わったように思います。
ガンバロウー日本。
ゆうや
4月、5月とあっという間!
この間、自分にとって重要な出来事がたくさん起こってました。
4月
宮城の被災地へ物資の輸送へ行ってきました。
震災からちょうど1ヶ月くらいのことです。
自分が「少しでも役に立てるのであれば、何かできることをやりたい」と思い、
ちょうど機会にも恵まれ行ってきました。
自分ができることはとても限られてました。
復興は1,2年の話ではなくもっと長い年月が必要とされるんだと思いました。
目の前の景色、鼻を刺激するにおい、唖然としました。
物資を受け取った人たちに「ありがとう」と行ってもらった時とても複雑でした。
自分たちよりはるかに厳しい状況の被災地の人の気持ちを理解しようとしても、
きっと出来ません。
結局自分が物資を届けに行ったことで一番救われたのは自分なのかも知れないと思いました。
「自分は被災地の人たちの役に立てた」と思えることは、結局は自分のためなのです。
東京にいるとどうしても震災が過去のことになってしまっているのを感じます。
震災後から何も片付いていない街を見た時、「過去」ではなくまだ「現在」のこと
なんだって再度実感しました。
直接被災地に訪れたことで、自分にも何かしらの責任があると思ってます。
伝える責任、やれることはやる責任、どうしたらいいか考える責任。
行く前まではどこか他人ごとで「自分がしたところで何も変わらない」でしたが、
自分ごと「自分がしなければ何も変わらない」に気持ちが切り替わったように思います。
ガンバロウー日本。
ゆうや