その後1年近くがたち
彼から 一緒に名古屋に遊びに
行かないかと話がありました
劇団四季の「ライオン・キング」の優待券があり
僕に今までの お礼がしたいとの事でした
一緒に食事をし 初めて見る ミュージカルに
驚き 笑い 楽しみました
帰りの車で 谷原君から
いま介護の学校に通って いるとの事でした
そこで 色々介護の心得を学んで
自分が反省することが
いくつも見えてきた そうです
まず感謝の心が足らなかった、
周りが目に入らなかった 色々
彼の 話を聞きました 憂しい事に
早くも就職先がが決まっていること でした
これからも お互いがんばろう
そういって 別れました
しばらくすると 谷原君がまた
入院したと聞き お見舞いにいきました
長い間 病気等で休職中の身体に
いきなりの介護の現場は きつく
無理があったようで 仕事中に
ぶったおれたそうです
職場としては回復しだい彼の復帰を
望んでいるそうですが 倒れた事がショックで
彼はまたお酒に手を出してしまいました
その後はまた お酒に逃げる生活が続きました
谷原君は お婆ちゃん子でした
90歳を超える そのお婆ちゃんが
押し車に つかまりながら
30分の道のりを 1時間以上かけ
彼の見舞いに来ました
彼を 叱咤激励するためです
でも その声は 届きませんでした
翌年 そのお婆ちゃんが亡くなりました
谷原君の ご両親が お通夜に
出かけ 朝 帰って来たら
冷たくなっている谷原君を発見しました
アルコールによる 多臓器不全です
お顔を拝見しましたが 安らかでした
多くの人が お婆ちゃんが
谷原君を 連れて行ったと
噂しました 僕もそう思いました
大好きな お婆ちゃんがと 一緒なら 迷わず
天国へいけるだろう そう思いました
自宅での お葬式には
元奥さんの 恵さんと(仮)と
二人の娘さんが御参りにきました
二人とも大きくなっており びっくり しました
その後の余談になりますが
谷原君の亡くなった 1年半後
元奥さんの 恵さんの
実の 二人の お兄さんが
相次いで亡くなりました
一人は お酒の飲みすぎが
原因と思われる 喉頭がん
もう 一人は 半年後 仕事で
車の誘導中 車が突っ込んで来て
挟まれてお亡くなりになりました
ご冥福をお祈りします 。
この記事をほぼ書き終えた頃
近くのスーパーで 偶然ですが
何年かぶりに 谷原君の
奥さんと下の娘さん とすれ違いました
特に声は掛けませんでしたが
下の娘さんは 小さい頃から
お父さんに 似ていました
そのせいか谷原君も
とても可愛がっていました
今もお父さんの面影を残し
善く似ており (体系も)
元気そうに笑っていました
終わり