いわゆる性同一性障害ってやつ
女生まれの男脳
普段はワシって言いよるけど人前では僕とか自分とか
母親から【躾けとして】しばかれて育った記憶しかなく
母親とは自分を支配するものである自分の全てを取り決めるものと認識していた
その影響で、〇〇はこうでなくてはならないといった固定概念ガチガチ脳が出来上がる
自分は女で生まれたから女らしくしなくてはいけない
晴れやかな着物 可愛い洋服 素敵なスカートなどを着たがらなければならない
化粧をしたがらなければならない
おしとやかにしなければならない
まぁ、基本が男脳なんで
どれもこれも すっごい違和感があって嫌んなって数分で終わるんだけど 笑
それと反対に脳内の隅っこの方では
男とは鍛えるもの
男とは女を助けるもの
そんな偏った概念を脳内で保温して
でもだからって、ホンモノではない認識もキチンとあったような意識があって
鍛えるったって、おんなを助けるったって
1週間の食材を買いにスーパーで買い物する母親について行き(強制な)1番重たい荷物の2〜3袋を片手づつ両手に下げて2〜30分の家までの道を歩いて帰った
その程度で終わる 笑
躾けで シバク母親は 我が子を肯定しない
何かしても否定的で、何をしても褒められず認められない人間は努力することに何の光も希望も持たなくなる
だから継続して頑張る事なんてしない
遊びは姉のママゴトにつきあうより
山の中を探検したり川で拾ったボールで遊ぶ方が楽しかった
思春期が近づくと 見た目は女子なんだけど
周囲の女子達より幼い
でも、女子達に馬鹿にされたくない
女子に反抗的な稚拙な男子のような人間になってた
だから幼馴染の女子2人とか 一部の女子からは意地悪なんかされてたと記憶
今思えば、自分が本当に成長してなくてクソだったんだと思う
いわゆる ウザイやつ
その頃かなぁ・・・母親から結構過激めな性教育受けてた
痴漢がどうのといったもので
男は女を襲うし犯すといった趣旨のものだった
学習机の椅子を部屋の真ん中に置いて自分を座らせた上で 後ろ手に縛るようなシミュレーションをした記憶
その時に
男は自分の○ン○ンをアンタの○ン○ンにいれてくるんよ!痛いし汚いんよ!的な話しをされていた 今考えると ドン引きだ
その頃の自分は女子で居なくてはならない部分と
恋愛対象が女である部分でフワフワしてたように思う
だから母親の過激な性教育の影響もあって余計になのか
男であるならばの仮定で女と恋愛する事に すごく憧れていたし
性への関心 特にS○Xに関する事に興味を持ってかれてた
中学生になって学校に行くと 普通にそこら辺の落書きでS○Xとか女性陰部の象徴のマークとかあって 興味とか好奇心とかってのが盛り上がってたように思う
2コ上に姉がいたから(仲良くはない)
姉の同級生達が自分に興味を持っていたらしく
よく見物客がいた
その中で 当時のヤンキー姉ちゃんがいて
苗字も未だに覚えてる 笑
綺麗なお姉サンだったと 落ち着いていて物腰が柔らかい優しい感じの印象(でも見た目からしてヤンキーなので本当は激しい人だったのかも)
その先輩の彼氏らしき人が 羨ましいと思ってた
中学校ではやはり男脳の稚拙な行動で同級の男子から標的にされ 背の低さや髪型のおかしさでイジメに発展する
中学校卒業直前まで髪は母親が家で切っていたのでワカメちゃんばりの刈り上げおかっぱ状態
一般的に美容院でやるような コームとハサミで切る感じじゃなく
とにかく真っ直ぐ真っ直ぐ切るようにする感じだから、どんどんせり上がっていって
眉毛より上 うなじよりはるかに上回る結果になる
いくら校則で眉上&肩に付かないと決められているとはいえ・・・担任ですら『ぷっ』ってなるまでやるので 母親がイジメに加担しているかのような虐待だと思ってた
中学で最後に担任になった家庭科教師に至っては
自分の歩き方の癖を教壇でモノマネして見せクラス全員から笑いを取っていた
中学生活の3年間 同学年の半分以上からイジメられていたのに学校を休まなかったのは母親がいる家に居たくなかった
それだけで割とサバイバルな学校にも通えた
担任など偽善を親や他の長いものに見せつけ悪を垂れ流してるような人間を慕う事もなく信用もせず頼らず学校っていう社会に通った