続報:NTT ITサポートとITサポートのナゾ(°_°)
朝NTTに電話して、一段落と思っていたところ、
夕方03-4586-2546という番号より着信アリ。出るとITサポートと名乗る会社からでして、
NTTから あっしが解約したとの連絡が来たが、
理由を教えて欲しいとの内容でございました。
先週説明したやろと思いつつも改めて文句を言いたかったので
こちらはプロバイダを乗り換えるつもりがなかったのに
Pコネクトなんちゅうネットですこぶる評判の悪い会社から
プロバイダが切り替わるという手紙が来て驚いたこと。
そんな気は全くないのでNTT ITサポートに電話し、
その旨を伝えたところPコネクトからの手紙を無視すれば
自然解約になると言われたことを話してやりました。
この時点で同じ会社なのに、なんで連絡取れてないんや
っと不思議に思っていましたが、相手がわかりました
と言って素っ気なく電話を切ったので、そこで終わりw
電話後この03の番号をググってみると、やっぱりな、の結果。
しつこく勧誘してくる通信回線の電話勧誘業者とのことw
でもなんで同じ会社で0120の番号と03の番号使うんだろう?
なんとも釈然としないでいましたが、ここで ふっと気がつき、
今回最初に電話をかけてきた業者の着信履歴を調べてみたら…
ビンゴでした。いっちゃん最初に勧誘してきた会社でした。
つまり
最初ITサポート 03-4586-2546から勧誘をかけ、
了承すると具体的な工事を請け負うという名目で改めて
NTT ITサポート 0120-554-851から連絡。
なんちゅう紛らわしい!
思えば両方とも電話中バックが騒々しかったんで
おんなじとこからかけてるじゃないかもしんないね。
みなさん、くれぐれもコヤツらにはご注意を!
NTT ITサポートに気をつけろ ٩(๑`^´๑)۶
前回の記事から一週間経った昨日、コレが届きました。
NTTから開通のご案内ですってよ!奥さん(´⊙ω⊙`)
NTT ITサポートには乗り換えの話は御破算だと伝え、
Pコネクトからの通知を無視すれば終わりだと言ってたのに…
腹が立ちつつも封筒の裏を見てみるとこんな記述が。
中身の書類でなく、封筒にこんなことを記載するくらいだから
キャンセルする事案が普段から少なくないってことじゃね?
とにかくこのまま放置してたら指定日に工事屋さんが
やってきてしまうので、本日こちらに電話しました。
オペレーターに顛末を話すと専門の部署を紹介されて、
改めてそちらに掛け直し、もう一度説明して手続き完了。
その時のオペレーターの話によると、驚くべきことに
NTT ITサポートは歴としたNTTの下請け会社なんですと!
今回のことは下請けからNTTに契約解除の報告が遅れたので、
あっしのところに書類が発送されてしまったのではないか。
とのことでしたが、解除を通告したのが一週間前だと言うと
さすがにオペレーターさんも黙りこんでしまいましたねw
しっかりと下請け指導してよ〜って伝えて電話を切りました。
う〜〜ん、でもなんとも釈然としないものが残ります…
コレでいいのかNTT!
要注目!P-コネクト に御用心o(`ω´ )o
今日こんな手紙が送られてきました↓
P-コネクトなんて聞いたこともない会社から、
新たに我が家のインターネット接続業者(プロバイダ)
になるので支払い方法の登録申請をよろしくね〜〜
なんちゅうフザケタ内容だったのでビックリ‼️
現在我が家はau光&ソネットで契約してるのですが、
連休前に ある業者から(名前を失念!)現在の契約より
¥1000は安くすることができる旨の電話がありました。
基本的にはau からNTTの回線に変えるだけで、
解約違約金も後日負担する上、切替に一銭もかからない。
工事前にプロバイダに回線がau からNTTに変わる
という連絡だけはしていただかないとなりませんが、
それもこちらからタイミングを見て知らせますとのこと。
我が家は速度の不満からNTTからau に変えた経緯があるので、
その点を確認すると自信満々に設備が改善されたので、
スピードも今より速くなっても遅くなることはありません!
とのことだったので話を進めてもらうことにしました。
その後NTT ITサポートのアンドウユウタ
TEL 0120-554-851 なる人物から電話が来て、
回線工事の希望日を伝え、工事日の知らせを待っていたら…
こんな手紙が来たと言うわけです!
ここまでの時点でP-コネクトのピの字も出てないので、
胡散臭さ一気にマックス!メーター振り切れ!!
すぐにググってみると〜出るわ出るわ!ブラック情報!
契約解除するには手紙の到着から8日以内にハガキをよこせ
などと言語道断!慇懃無礼!な記述があったので、
アタマにきてP-コネクトでなく、取り次いできた
NTT ITサポートのアンドウユウタ
TEL 0120-554-851
に速攻電話をかけました!
連休中なので出るわけはないかと思ってたら…
出た!
アンドウユウタは別途対応中っつーことだったけど
電話に出た男に
「P-コネクトにプロバイダ変更するなんて聞いちゃいんよ!」
と言うと
「変更する間一時的にソネットの代行を…」とかなんとか
ワケわかんないこと言い出したので
「ネットで調べたらP-コネクトすげー評判悪いっすよね?
信用できないので今回の話はなかったことにしてもらいます!」
ここまで言って、どこまで食い下がるかな?と思いましたが、
アッサリわかりました と言うことでチャンチャン!
この手紙を無視すれば話は無かったことになるとのことでしたが
手紙にある契約解除の8日以内のハガキはいらんのか?と聞くと、
登録通知書にある接続IDでログインすると契約成立だが、
お客様はされていませんのでそれだけでけっこうです。
って恐ろしいことをサラッと言いやがった!
ネット情報ではログインしてアプリをインストールすると
リモート操作で勝手にプロバイダを切り替えて、
無理やり既成事実を作られてしまうこともあるそうな!
つまり解約料が発生する場合もあるので要注意ですぞ!
やっぱね、電話勧誘は信用なりません!
武田二十四将騎馬行列について調べてみた(^。^)
今年も4月12日に地元武田神社のお祭りがやってくる。
そして今年も飽きることなく あっしは お神輿を担ぎます♬
初めてお祭りに参加したのは会社が倒産して失業中の1999年。
ウチでブラブラしていたトコを自治会の人に引っ張り出され、
断る理由も見つからず、正直イヤイヤ参加したのですが、
イッパツでハマったw
祭り独特の高揚感と振る舞い酒に見事撃ち抜かれ、
初めて体感する非日常の興奮には中毒性がありましたw
以来よほどのことのない限り参加し続けてきました。
正式には武田神社例大祭、武田二十四将騎馬行列。
昨今では信玄公祭りと言えばギネスにも載ってる
甲州軍団出陣の方が一般的には有名ですが、
こちらは昭和45年(1970年)から始まったもので、
観光が主目的で歴史的には そう古くありません。
となると武田二十四将騎馬行列はいつから始まったのか?
八十を超えたウチの父親も若い頃は参加してたそうですが、
今年は武田神社創建100周年の節目の年でもあるので、
ちょいとばっかし調べてみることにしました。
まずは攻めるなら本丸、武田神社に電話しました。
祭りのことを調べていると伝えると丁寧に教えて頂けました。
なんと武田二十四将騎馬行列は大正8年(1919年)4月12日、
つまり創建初年から行われていたのだそうです!
その時の様子を記した石碑が境内にあると言うので、
夕方の犬の散歩のついでに立ち寄ってみました。
神社の西側、以前藤村記念館のあった場所の北側。
以前からその場所に石碑群があるのは認識してましたが、
その内の一つが お祭りに関するものだったとは。。。
武田菱と軍配のレリーフの下にそれらしき碑文があります。
さっそく碑文を読んでみますが。。。読めませんw
漢文なんですよコレが!部分部分はわかるのですが、
文章として理解することができないんです〜(ToT)
とりあえず写真に撮って帰り、幕末史に詳しい友人にSOS!
さっそく訳してもらいましたが、細かい所で不明な点あり。
そこで改めて石碑に関する資料があるか聞くため、
翌日神社に突撃して禰宜さんに お話を伺いましたが。。。
ない (´༎ຶོρ༎ຶོ`)
でもこのとき禰宜さんから貴重な情報ゲット!
甲府市が作った「甲府市史」の中に載っていたかも…って!
禰宜さんにお礼を言って別れると、その足で県立図書館へ!
甲府市関係の蔵書を漁りまくり、諦めかけたころに〜〜
それっぽいの見っけた〜〜!!
そしてドッキドキしながらページをめくってくと。。。
あった (((o(*゚▽゚*)o)))♡
こういった物を しっかり記録している人がいるんですね〜
不明な点もありましたが先に友人が解読したもと補完し、
一文にまとめてみたのがコチラでっす↓
大正八年四月に武田神社が建立鎮座されたのち、
最初の大祭で神輿が甲府市内に渡御したとき、
馬に乗った神主たちと武器を携えた兵を随行し、
粛々と行列を進めたので民衆は襟を正してこれを拝んだ。
なおその後には甲冑姿で駿馬に跨った者が続き、その数二十四騎。
カツカツと蹄の音も高くゆけば、沿道は興味津々で注目した。
これは山梨畜産会の同志が扮した武田二十四将である。
そのリーダーが、今日のあらましを記録して残してくれ
と頼むので、私もそれが良い、後の人の参考になると答えた。
以上で文章を終える。
大正十一年四月 山本節 撰 成島治平書
たしかに あっしという「後の人」の役に立ちましたよ〜!
驚くべきことに行列の陣容は今日と全く変わりありません。
別の資料の中から見つけた当時の写真も それを裏付けてます!
今でこそ二十四将の騎馬行列が主役の感は否めませんが、
随行する騎馬行列はあくまでも 信玄公の お供であって、
祭りの主役は信玄公の御霊を載せた神輿だったんですね!
あっし同様このことを理解してない人多いんじゃないかなw
今年は いつもと違った気分で お神輿を担げそうです♬


















