千本日活(ポルノ映画館)に行く! (ヨース毛)
かくして『犬鍋製作所』が始まった。(前回より続き)
う: 「では何処へ行こう?」
毛: 「千本日活なんてどう?」
「一人では中々行けない面白そうなところへ、片っ端から行ってみよう」と言ってみたは良いが、
しょっぱなからポルノ映画館とは
う :「犬が食いたい」
毛:「では赤犬の鍋にしよう」
というくらい安易である。
しかしはじめはそれくらいが良い。
とにかく行動しなくしては始まらないし、いつものように呑み話で終わってしまう。
つまらなければ書かなければ良いのだ。
しかし乳離れにはまだ遠いようだ。
では、まずは… 電話だ!
僕の心を察知したかのように発信音はプルプルとなった。
たぶん館長: 「はい …」
毛 : 「 … 」
(「はい」とは何事か?電話に出るならまず「こちら○×です」と名のるべきではないのか?
いかんいかん、我々は今からそちら側へ参るよそ者なのだ。合わすべし。)
毛 : 「あのぉ、千本日活さんですか?」
たぶん館長: 「はい」
あぁ、怖いよ、たぶん館長。
毛 : 「あの、今から伺いたいのですが、今日のスケジュールを教えて頂けますか?」
たぶん館長: 「わかりません」
(「はやぁ~い、たぶん館長ぉ。もぉ、用事が終わってしまうじゃなぁい。」
って、エリナは引っ込んでなさい! 失敬。 さてと、気を取り直して、)
毛 : 「では今からうかが… ガチャ … ツー・ツー… 」
まぁ、そうだろう。いくらポルノ映画館だからと言って、たかが問い合わせの電話に一々ポルノ女優がロマンロマンしてくれていては商売が反り、否、成り立たない。
我々は意を決して千本日活へ向けチャリンコをこいだ。
で、着いた。
う平は舌なめずりをしている。
バカなヤツだ。
あぁはなりたくないので僕は平気を装うことにした。
どうやらスケジュールは多くのポルノ映画館がそうであるように三本立てで、朝からぐるぐると回しているようである。
どうでも良いが、個人的には「桃尻なにがし」が気になった。
入るといきなりたぶん館長が座っているが、こちらに目もくれない。
僕は平気を装い、周りを見た。外観から想像するように中もかなり古い。
「なるほどこの自動販売機で券を買えばよいのだな。」
僕は初めてじゃないですよぉ~という顔で五百円を入れてボタンを押した。
すると後ろで何やらゴソゴソしているヤツがいる。
う:「ヨース毛… …金がない」
犬鍋製作所の晴れの初舞台に金を持って来ないとは何事か!全くふざけたヤツである。
僕はう平にポルノ観賞代を「貸して」やった。(覚えているかな?う平君)
金を受け取るとう平は
「しかし今後の活動費も重要な課題であるなぁ」
とか言っている。
それはそうだが五百円。活動費より生活費。
「お父さんとお母さんから頂いた健康な体があってのあなたですよ」
などとつまらないことを言うつもりは無いが、それくらいは何とかして欲しい。
気持ちを切り替えて、まずは散策。
薄暗い、埃混じりのねっとりした空気がみっちりと詰まっている廊下は
まるで温もりの無い産道のよう様に青く美しかった。とりあえず産道で遊んだ。
突き当りのトイレに行くと、かなり汚い。そして何故か個室に小便器がある。
なるほどである。
しかし、扉が壊れているので中が丸見えだ。
なるほどである。
成る程になるのである。
中に入ると300席はあろうかという位の広い客席にポツンポツンとお爺さんが座り、皆何をするでもなくスクリーンを見つめていた。
つられてスクリーンに目をやると、昭和中期の香りがする埃っぽいフィルムが流れており、
まさに女史の恍惚とした表情がドドンと映し出されていた。
それをみて初めてこの大音量がその和服女将の発するモイモイ声であることに気が付いた。
モイモイ声は古いスピーカーから発せられているのだろう、かなりの音量であるのにこれまたモイモイいって台詞は言葉として聞き取ることができない。
我々は耳をダンボにして終わりまで観た。
館内に照明が灯り、オルゴール風のクラシックが流れる。
内容はとてもファンタジックかつ平和的、ある意味反戦的、共産主義的なものであった。
女は強いのである。男は女によって繋がっているのである。と思わされたのか?
しかし、実のところ途中からであったし、八割はモイモイしていたのでよく解らなかった。
疲れたので再び散策に出た。
すると先ほど気づかなかったが入口に何やら貼り紙を見つけた。
「2階席+100円」
っかぁ~!ついにきた!
2階席にはプラス100円の大サービスが待ち受けているに違いない!
日活の看板ポルノ女優のロマンロマン… ってそんなことをしていては商売が反り、否、成り立た…
否、否、否!
とにかく2階席には何かがあるのだ!100円を払ってでも行きたいと思わせる何かが!
僕は100円玉を取り出すと常連を装っていることも忘れて急いで2階に走ろうとした。
しかし後ろで何かがゴソゴソとしている。ヤツだ!
う: 「100円貸してくれ。」
もうどーでも良い。
しょうがないので200円を館長に渡すと先を急いだ。
すると、
う:「そう慌てることはないさ」
はぁ・・・
昔から貧乏人には時間があるものだ。
しかし確かにその余裕は必要だ。
慌てていては見えるものも見過ごしてしまう。
貧乏から成功する人間が多いのはそのせいだろう。
なぜなら彼等は社会を一歩引いた所から客観的にみて判断することができるのだ。
まぁ、彼らと言ってはみたがこの僕も貧乏人に違いないな、僕なんか金もない上に余裕すら…
「でも僕には夢がある!」
なんてくだらないことを言っている場合ではない。
う平もたまには良いことを言う。
我々はゆっくり夢の階段を上った。
大人の階段を上りきるとこんな貼り紙が目に留まった。
あぁ、怖い。
何かが待っているのだよ、きっと、プラス100円のロマンがっ!
扉を開けると2階席はまさに『酒池肉林』。
胸をはだけた赤襦袢の女が酒をついだり裸踊りをしたりして、その手には皆生きた蛸を持ち、男はブリを持っている。
その蛸とブリを絡み合わせて微笑みながら遊んでいる男女もいる。
気が付けば僕の手にも立派なブリが握られており、プルプルと小刻みに震えている。
隣を見れば小ぶりなハマチを握ったう平が立っている。可愛そうに悔しいのか膝がプルプルしている。
自分で100円払わないからブリを持たせてもらえなのだ。
出すもの出さねば出世もできぬ、ということか。
うむうむ、ざまぁみろ。
しかし僕の立派なブリは異常なほどによくモテた。
僕が中へ入ると蛸を持った女が皆集まってきた。
僕は一人の美女に歩み寄った。
青い血管が透けて見えるような胸元の白い肌と赤い襦袢、長い黒髪の色合いが艶やかだ。
そして彼女は彼女の濡れた唇のように小ぶりで美しい蛸を持っていた。
彼女は目が合うと照れ笑い浮かべながらゆっくりと細い腕を伸ばし、その蛸をそっと僕の立派なブリの顔面にのせた。
要するに、何も無かったのである。
2階席は2階席であったのだ。
スクリーンを遠くのやや高い位置から観ることができる。
ということの他に何も利点が見当たらない上に、1階席に比べスピーカーから遠いため台詞はもはやモイモイとも聞きとれなかった。
僕は尋ねずにはいられなかった。
毛:「何で100円なのさ? 」
う:「それはね、2階席だからだよ」
う平は解った風である。だが僕には一向に理解できぬ。
これは悔しい。200円払って来た僕が解らず、モゾモゾついて来ただけの貧乏う平には解るなんて。
それこそブリとハマチくらいの違いがあってもいいはずなのに。
全くこの世は不条理だ。
モヤモヤした気持ちのまま2本目の「桃尻なにがし」に臨んだ。
余命半年のお爺さんと若娘のアクロバティックなモイモイ話だった。
お爺さんは余命半年とは思えないくらい元気だった。
モンモンとしながら僕等は階段を下りた。
ここには同じ性産業でも風俗街の煌びやかなネオンや昨今のお洒落なラブホテルのような華やかさは無く、どうせポルノ映画館だし、どうせお爺ちゃんばかりだし、どうせ五百円だし… といった「どうせ… 」という一種の後ろめたさが漂っている。
それは必ずしも悪いことではない。
その「どうせ… 」を愛する者がここへ通っているだけなのだ。
それを解さない立派な人々が、彼等の居場所を潰していってしまっている昨今の風潮はいかがなものだろう。
居場所を失った「どうせ… 」は形を変えつつ、浮遊霊となって街中に溢れだしはじめている。
気が付いた頃にはもう遅く、僕等は「どうせ… 」そのものになっており、
逃げ出そうとしても、僕等の居場所は何処にも残されていないのだ。
外へ出ると上映中の映画のポスターが古びた蛍光灯にチラチラと照らされている。
「桃尻なにがし」の宣伝文句に「壮年よ、大志を抱け!」というのを見つけた。
館内のお爺ちゃん達の顔が浮かんで、何だか寂しくなった。
「どうせもうお爺ちゃんだから…」
でもそれで良いのだ。
「壮年よ大志を抱け」
そう言って僕等は千本日活に背を向けた。
<取材協力:千本日活>
京都は西陣にある古いポルノ映画館。
かつて西陣が栄えていた頃に数多くあった映画館の一つで、1日500円(2階席+100円)という値段設定だけでなく、建物はおろか、館内の空気までもが当時のままの形で残っている大変希少な映画館である。
千本日活の皆さん、お客さん達、お騒がせしてすみません!
「どうもありがとうございました。」