モグラのディグは、地中での暮らしが大好きでした。お母さんが作ってくれる温かいスープはとっても美味しいし、土の中はいつでも静かで、安全で、ぽかぽかしています。
 けれど、秋の初めになると、ディグにはどうしても気になることがありました。地上からかすかに聞こえてくる「キィ、キィ」という、渡り鳥たちの楽しそうな鳴き声です。
 ディグは勇気を出して、土の隙間からそっと鼻先を出してみました。見上げると、眩しい青空のずっと高いところを、鳥たちが風に乗ってどこまでも飛んでいくのが見えました。
 「あんなに高いところから見る世界は、どんなに広いんだろう。僕も一度でいいから、あの鳥さんたちみたいに世界を見下ろしてみたいなぁ」
 飛べないモグラのディグは、小さな頭で一生懸命に考えました。そして、名案を思いついたのです。
 「そうだ。森で一番高い『お月見の丘』のてっぺんまで、下から穴を掘って登ってみよう!」
 それは、小さなモグラにとっては気が遠くなるような、大冒険の始まりでした。

 丘のふもとから上に向かって、ディグは毎日一生懸命に土を掘り進めました。
 「よいしょ、こらしょ。お空へ一歩、近づいたぞ」
 シャベルのような大きな手を動かしますが、旅は楽ではありません。途中で大きな木の根っこにぶつかって回り道をしたり、固い岩に爪をぶつけて痛めてしまったり。真っ暗な土の中で、ディグは少し心細くなってしまいました。
 そんなとき、すぐ近くの土の中から「カサコソ」と音がしました。そこにいたのは、同じように一生懸命に上を目指している、セミの幼虫のコロちゃんでした。
 コロちゃんは何年も暗い土の中で暮らしながら、いつか地上に出て大きな羽を広げる日を夢見ていました。
 「ディグくんの目的地は丘のてっぺんなんだね。すごいなぁ! 僕も早く、お空の下でお友達に会いたいんだ」
 二人は暗闇の中で、お互いの「憧れ」を語り合いました。
 「コロちゃんが羽を広げる日には、僕、丘の上から応援するよ!」
 「ありがとう、ディグくん。あと少しだよ、がんばって!」
 友達からもらった元気が、ディグの体に満ちていきます。ディグの手は、再び力強く土を掘り始めました。

 掘り始めてから何日も経った、ある秋の夕暮れ時のことです。
 ディグの鼻先に、いつもと違うサラサラした乾いた土の感触と、ツンと冷たい秋の風が触れました。
 「ついに、丘のてっぺんだ!」
 ポコッと頭を出すと、そこは360度どこまでも遮るもののない、丘の頂上でした。
 ちょうどその時、夕日が山の端に沈む瞬間でした。空は燃えるようなオレンジ色から深い紫色へと染まり、目の前に広がる森の木々が一面、黄金色にキラキラと輝いています。見上げると、憧れの渡り鳥の群れが、夕日を背に受けて美しく飛んでいくのが見えました。
 ディグは感動で胸がいっぱいになり、ぽろぽろと涙を流しました。
 「僕の目は小さくてよく見えないはずなのに……なんて綺麗なんだろう。鳥さんたち、僕はいま、みんなと同じ景色を見ているよ!」
 その時です。びゅうううう、と突然、丘の上を強い秋の突風が吹き抜けました。
 丘に積もっていた赤や黄色の大きなクヌギの落ち葉たちが、一斉にふわっと宙に舞い上がります。あまりの風の強さに、ディグの小さな体も地面をごろごろと転がりました。
 気づいたときには、ディグの体は一枚の大きなクヌギの葉っぱの上に乗っかっていました。
 さらに強い風が丘を駆け上がり、ディグを乗せた落ち葉を、ふわりと夜空へ舞い上げたのです。
 「ひゃあ! 浮いてる、僕、浮いてるよ!」
 ディグを乗せた落ち葉の飛行機は、風に乗ってぐんぐんと高く上がっていきます。
 下を見ると、さっきまでいた丘のてっぺんが小さくなり、森の木々がまるで色とりどりの絨毯のように足元に広がっていました。
 「すごいや! 鳥さんたちは毎日こんな景色を見ているんだ!」
 ディグは、両手を思いっきり広げて風をいっぱいに受けました。羽はなくても、今、自分は間違いなく空を飛んでいます。遠くを飛ぶ渡り鳥たちが「キィ、キィ」と優しく応援してくれているように聞こえました。
 ひとしきり空のお散歩を楽しんだあと、風は静かに弱まり、ディグを乗せた落ち葉は、まるで綿毛のようにゆっくりと、丘のてっぺんのふかふかな苔の上に着地しました。
 「ぷはぁ、どきどきしたぁ……!」
 地面にペタンとひっくり返りながら、ディグはバクバク鳴る胸を押さえました。怖かったけれど、最高の時間でした。



 すっかり日が暮れて、あたりには心地よい秋の夜風が吹き始めました。
 丘の上からの景色は最高でしたが、風が吹くたびに、ディグの小さな体は少し寒さで震えます。
 その時、ディグの鼻が、自分が掘ってきた穴の奥から漂ってくる「ある匂い」を捉えました。それは、お家のふかふかの落ち葉の匂い。そして、お母さんが待っている温かいスープの匂いでした。
 「あぁ、お家に帰ろう」
 ディグは、胸いっぱいの感動をお土産に、今度は下に向かって穴をトコトコと急いで戻りました。
 お家に帰り着き、温かいスープをフーフーと飲みながら、ディグはしみじみと思いました。
 「空からの景色は本当に綺麗だったし、空を飛ぶのは夢みたいだった。でも、こうして温かく迎えてくれるお家があるから、あの景色がもっと素敵に思えたんだな」
 それからのディグは、地上に出て空を見上げるたびに、以前のようなため息をつくことはありません。自分の大好きな土の匂いを感じながら、誇らしげにニッコリと、空へ向かって微笑むようになるのでした。

(おしまい)