『打倒!高市政権』と言うのは理解しますが、具体的にどうやって?

毎回同じ事を質問するのですが、この様なデモを賛美する方々からは論理性のある答えはもらえません。


中には前時代の『学生運動』を賛美したり、或いはその時代を生きたであろう御老人から懐古主義的発言まで散見致しますね。


さて、デモや街宣等を否定するものではありませんが、デモや街宣は民主主義国家に於いて保障された権利です。

存分にその権利を行使されればよろしいわけです。


しかしデモや街宣は『民主主義の手続き』ではありませんので、これにより政治体制が変わったりする事我が国に於いては殆どありません。

長き歴史を持つ成熟した我が国ではデモやクーデター、革命なるものでは変わりはしないのです。


国民の殆どが必要な教養を備え、世界にも稀に見る高度な教育で養育された国家ですから、皆が民主主義手続きを理解しているわけです。

著しく抑圧されたり、ルサンチマンに陥いる必要がほぼないわけです。

体制は民主主義の手続きにより選ぶ事が出来ると理解しているからです。


時代遅れの学生運動や左翼運動で世の中が変わった試しも無ければ、実感も実績もないわけですが、何故かあの時代にあの運動に身を置いた人からは何かを成し遂げたかの様な話しを聞いたりします。

そう思いたいのでしょうが、何らの実績などありません。

何故なら実現不可能な理念だからです。

現世代の若者は、その時代を知らないにもかかわらず何故か有りもしない年寄りの武勇伝を信じて行動しています。


いいですか


60年安保改訂の際に、岸信介は自らの死を覚悟する程の反対運動がありましたね。

しかしながら、その後の選挙では大勝しました。

これが現実です。

成熟した国家の振る舞いと言う事です。

デモや街宣は『民意』などと言うものではありません。

民意を示すのは『手続き』です。


デモや恣意行為で何万人集まろうとそれは民意ではありません。

デモは単に『表現の自由』と言う権利を行使しているだけであって、表現の自由が民主主義の手続きを超える事はありません。

何故なら手続きは憲法にも明示され法令化されているからです。


天皇陛下であろうと、これを超えることはありません。


実際には何らの実績もない事を記憶の変節と共に脳内変換で美化されている程度の話しで、それを信じて何かに目覚めちゃった若者達と言う話しです。

『非人称』の誰が言ったかわからない『皆が言っている』と言うよくわからないものには従うのですが、実在する事実は理解できない典型例です。

実在する事実とは勿論、民主主義の手続きによる結果、つまりは『選挙』です。

これをデモが超えると信じて疑わないのですから始末が悪い。

そんな始末の悪いものは民意ではなく思い通りに行かなかった事を大声で喚いているだけの単なる『わがまま』です。