(その1を読んでない方はそちらからどうぞ)
お婆ちゃんの家族のマルチーズのマルちゃんの存在の在り方やお婆ちゃんは家族の厄介者という可哀想な姿に私は思わず「預かる」という選択をしてしまった。
スタッフには申し訳ないが、犬以外の世話もしてもらわねばならない。
しかしいつかきっと何かの役に立つはず。そう信じながらマルちゃんとお婆ちゃんを大事に預かることにした。
天気のいい日にはマルちゃんを膝に乗せて車椅子で散歩をした。
食べ物はなるべく喉に詰まらせないように食材を細かくし、塩分を少なめに作り、できるだけスタッフが多くいるときにみんなで食べるようにした。調子が良くて歩ける時は温水プールにも入ったし、一緒に映画も観たりした。
お婆ちゃんはオムツなので2時間に一回はチェックして、汚れてしまったらすぐにウェットティッシュで拭き、オムツを交換した。
お風呂はバリアフリーになっていないのでスタッフ4人で入れることにした。とにかくたった一人のお婆ちゃんの為に時間とスタッフの労力を注ぎ込んだ。
約1年が経っただろうか。
我々もお婆ちゃんの世話も手慣れたものになっていた頃、お婆ちゃんの家族がどうにも無償で引き受けている私達に引け目を持ったのか新しい老人ホームへの入所を提案してきた。勿論その老人ホームはペット禁止である。
そして当のお婆ちゃんはもうほとんど寝たきりになっていた。
マルちゃんもだんだん弱っていた。
この状況で移動するのは酷ではないかと家族に話すも家族達は頑として譲らない。私のお婆ちゃんではないので駄目だとは言えず、家族に従うしかなかった。
そして明日新しい老人ホームへ移るという前夜、不思議なことが起きた。
スタッフが耳の聴こえていないお婆ちゃんに
「明日からお婆ちゃん新しい老人ホームに移るんですよー 私達とご飯一緒に食べるのも今夜が最後になっちゃうね」
と、話すと膝に乗せていたマルちゃんをギュッと抱きしめてマルちゃんにキスをした。
マルちゃんはお婆ちゃんを見つめて大きく深呼吸したまま永遠の眠りについてしまった。
慌てたスタッフが他のスタッフを呼びに行こうとして大声をあげている。
「誰か!来てください!マルちゃんが!マルちゃんの息がありません!」
何事かとスタッフも私も慌ててロビーに行くと泣き顔のスタッフが
「マルちゃんが!マルちゃんが!」
と狼狽している。
傍らには車椅子のお婆ちゃんの膝の上で息絶えたマルちゃんがいた。
犬 「お婆ちゃん!マルちゃん死んじゃったよ」
そう言うとお婆ちゃんは涙をポロリと一粒落とし、マルちゃんを見つめていた。
私はマルちゃんを入れる箱を探しに行き、他のスタッフは毛布や花束を用意したりし始めた。
やっと丁度いい箱を探し出し、戻ってみると何だか騒がしい。
私はそれを見た時絶句した。
お婆ちゃんも亡くなってしまったのである。
さっきまで涙を流してマルちゃんを抱いていたお婆ちゃんの息がないのである。まるでマルちゃんを天国へ行くのを見届けて安心したかのように眠るように亡くなっていた。
私達は救急車や家族への電話をして対応に当たった。
家族はお婆ちゃんの対応だけでめいいっぱいなのでマルちゃんの火葬は私たちに一任してもらうことにした。
実はこのような話は特別な話ではない。入院先で亡くなったお父さんと同時刻に犬が死んだ話も聞いたことがあるし、寝たきりのお婆ちゃんが目を覚ました時に犬がそれと引き換えに命を落とした等。
動物と深く接した人ほど一般的には不思議とされる出来事が日常によくあったりする。
きっとお婆ちゃんは記憶も確かではないにしろ新しい老人ホームへいくのが嫌だったんだと思う。
そしてマルちゃんも大好きなお婆ちゃんと別れるのは嫌だったに違いない。
自分達の世界が一人の老婆と一匹の犬という仲で、お互い別れ別れになってお互いの価値が無くなった途端生きる意味を感じることができなくなり、その命も終わらせてしまうという事態になったのだろう。
命ってなんだろう?生きる意味ってなんだろう?きっとそれを判るのは自分が死ぬ時なのかもしれない。
(終り)