ポコポコポコポコ・・・・・

ドッグショーの帰り、ふと立ち寄った熱帯魚店。所狭しとエアーポンプの音が木霊している。
私は熱帯魚店に入ったときのムッとした熱気と静まり返ってエアーポンプの音だけが聞こえる情景に興奮を抑えきれなくなる。と、いうのも数多く色んな動物を取り扱って来た私であるが、魚だけは一切輸入販売しない。だから思いっきり趣味であり、管轄外なので興奮しちゃうのだ。

熱帯魚雑誌を見て出向くのもいいが、ドッグショーに行く前や後に寄ったり、次のドッグショー開催地に近い熱帯魚店を予め探しておいて行くのも乙なものだが、行き当たりばったりの出会いというのも悪くない。そんなある日のドッグショーの帰り。今から20年ほど前のお話・・・・・・







ス 「社長、また奥様に叱られますから。帰りましょう」

犬 「おい、見ろよこいつ。可愛いなぁ。値段は可愛くないけど」

ス 「社長~ 犬舎まであと何時間あると思ってるんですか?」

犬 「店長さん!こいつ持っていくとしたら何時間ぐらい空気持ちますかー?」

ス 「知りませんよ。水槽だって用意してないのに」

犬 「水槽?2mのアクリルがあるだろ?確かムカシカイマン(ワニ)が入ってたやつ」

ス 「あれ・・・ですか?こんなに小さいのに2mの水槽に入れるんですか?」

犬 「何か文句あんのかテメェ。あっ店長さん、電話貸してもらえますかー?」

ス 「あーあ、とうとう買っちゃうんですね」

犬 「もしもしー 俺だけど。2m水槽あっただろ?あれ今すぐ消毒して水作っておいてくれ。水温は28℃だ、いいな。くれぐれもあいつには言うなよ・・・・嫁に決まってんだろーがっ!分かったなっ!」

ガチャン・・・・・


熱帯魚店にいたそれは悠々と泳ぎ、ゆらゆらと尾鰭を揺らしながらこちらを見ていた。
熱帯魚店に入るとどうしても自分好みの魚に出会ってしまって仕方ない。これまでにもふと立ち寄った店で一目惚れした魚は数知れず。金にならない生き物は導入禁止の掟を破ってついつい購入してしまう。
因みに過去一目惚れで買った魚は「アジアアロワナ(各色)」「ブラックアロワナ(ワイルド物)「ダイアモンドポルカドットスティングレイ(淡水エイのペア)」「各種ピラニア」「カンディル」「ネオケラ(前回登場)」「ゴリアテタイガーフィッシュ」「プロトプテルス全種(肺魚)」「アーチャーフィッシュ(別名テッポウウオ)」「プラチナレッドテールキャット」「ブラックタライロン」「バトラクスキャット」「ペーシュカショーロ」etc.....。

私の魚の熱はいつも瞬間湯沸かし器の如く沸騰するのであった。
おーそうかーだから熱を帯びる魚で熱帯魚なのかー・・・と、勝手に自分に納得させてついついスタッフの制止も聞かずに購入してしまう悪い癖である。しかし反省などしていない。自分の稼いだ金で自分の趣味で買っているのだから誰にも文句は言わせない。

ネオンテトラやディスカス、グッピーなど、一般受けする綺麗系の魚は一切興味ない。
一時期ショーベタに嵌ったこともあるが、今では魚といえば「珍魚」「怪魚」「牙魚」「高級魚」ばかりである。つまり一般受けしないゲテモノ系の魚がお好みっつぅー訳だ。
そこにきて究極の怪魚が我家の一員になることになった。そいつは60cmほどだが、そのうち2m、20kgにもなる大型魚である。今は可愛いが、大きくなったら簡単に人・・・・いや牛や馬でさえ殺してしまう凶暴な奴に変身するのだ!もうお分かりだろう。そいつの名は「デンキウナギ」である。

南アメリカのアマゾン川、オリノコ川流域に生息する一属一種「デンキウナギ科」の魚である。
おそよ800Vの電流を流すことで有名で、ペットとしても稀に出回る。
ウナギと名は付くが、ウナギの仲間ではなく、分類学上はナマズに近い生き物らしい。
近縁のものでデンキナマズというのがいるが、魚は電気を使って餌を捕らえる能力が発達することができるとはいやはや恐れ入ったものである。
Electrophorus electricusの学名から察しが付くように、強力な電気を発することができる。
心室細動といって、心臓にある心室が電気のショックによって痙攣を起こして活動せず、前進に血液を送ることができなくなることをいうが、いわゆる心停止のことなので、死に至ることは十分ありえる。
では何でそんな危ない生き物を飼うのかと言われれば、単純に「馬鹿だからです」としか言いようがない。

結局発泡スチロール箱に入れて持ち帰って水槽に投入した。飼育環境はベアタンクである。
ベアタンクとは流木や砂利などの装飾類を一切排除してエアーポンプとヒーターだけで飼育するシンプルな飼い方である。ハイギョほど汚すことはないが、掃除の度に電気ショックの恐怖を感じながら砂利なんか洗うのは御免だからである。できればサイフォン方式で水を捨てて新しい水を入れたいものである。

スタッフに用意させた魚専門の飼育部屋の一番奥に設置したピカピカの水槽には怪しげに光るブラックライトが照らしている。そこに揺ら揺らと泳ぐアマゾンの生ける戦士が泳ぐ。実に興奮してしまう瞬間である。

60cmの個体に2m水槽は大きすぎるが、それでもデンキナマズにとってはとても広い環境で良いと思う。良いと思うが広すぎて餌用の金魚やドジョウを入れたのだが、電気によるショックがあるようには思えない。みんなデンキウナギの周りを泳いでいるではないか。

犬 「本当に電気出してるのか?」

無謀にも手を入れてその電気を確かめたくなった。脚立に上って腕を捲り、右腕を伸ばして水槽に手を入れることにした。

デンキウナギは大きさによって電気の強さが違うらしい。
私のデンキウナギはまだ60cm。子供である。子供なら大したことないと高を括っていたら大間違いだった。拳でそっと近づくと少しピリピリを感じた。「何だこんなものか」と思った瞬間、拳から肩の辺りまでドンっ!と言う感じで電気が流れた。一瞬頭の中は真っ白になったかと思うと、デンキのショックからか、目の前が花火のようにチカチカしだした。しばらくの間自分の手が自分のものではないかのように思えるぐらい痺れていた。

(こりゃあ危ない。60cmでこの威力。大人になったらどうなるんだ?)

恐怖を覚えつつもこんなデンジャラスな生き物を飼ってるなんて俺はドンだけ狂人なんだ?と嬉しくなった。マニアなんてそんなものである。

結局心配していた捕食も問題なく、ついには難しいとされるクリル(人工飼料)まで食べてくれるようになった。スクスク育ち、15年で150cmほどにまで育った。
結局150cm止まりで成長は終わったが、もっと広い水槽なら2mも夢ではなかったかもしれない。
それでも圧巻だった。当社にはデンキナマズの他にレッドテールキャットやアジアアロワナ等の大型魚の水槽が沢山あるのでとてもカッコいい。ブラックライトに照らされると何とも言えないアマゾンにトリップしたかのような錯覚に陥るほどいつまでも見ていたい気持ちになる。

飼い始めて約20年が経った頃、その日は3daysのドッグショーで家を空けていた。
帰ってくると妻が外の飼育部屋からやたら臭い臭いが漂ってくるというので部屋に入ると2m水槽にはデンキウナギが浮いて死んでいた。恐る恐る20年ぶりに触ってみたら電気は全く発電されず、白い粘膜に包まれたヌルヌルの屍だった。

ブルーシートを用意してドッグランの横に埋めようとしたら妻が寄ってきて

妻 「あんた、こんなのずっと飼ってたの!」

と言った。

犬 「あぁ、飼ってたよ。20年ぐらいな」

妻 「20年も黙って飼ってたの?」

犬 「お前大体飼育部屋なんて入らないだろ!」

デンキウナギの如く怒りに満ちた妻はビリビリ頭から発電している。もう喧嘩である。しかし・・・・







妻 「飼ってるの知ってたらパパがいないときに私がお世話できたのに・・・・」

犬 「え?・・・でも・・・・ママに迷惑かけたくないと思って・・・・」

妻 「迷惑だなんてそんなことないわよ。旦那さんが大事にしてるお魚ですもの」

犬 「ママ・・・・」

その夜は不謹慎ながらも痺れるほど熱い夜でした。

終わり(恥)

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