運命の日、朝からみんな黙りこくって朝食を食べている。
朝食も摂らずにポン太を代わる代わる抱き合って泣いてるスタッフもいる。
病院へ連れて行くのに着いて来る者が3名、あとのスタッフは見ることができないと言って犬舎に残ることになった。

犬 「じゃあ、行ってくるぞ」

ス 「ポンちゃ~~~~~~~~ん!!!!!」

犬 「もう、いいか?忘れ物はないな。じゃあ、行ってくるぞ」



車中はやけに静かだった。
ラジオの音だけが陽気にしゃべっているがみんな上の空。

前日に動物病院へは12時半に来るようにと言って地図を渡したのだが、若干早く着いた我々よりいち早く奴らの方が先に到着していた。よほど殺処分が嬉しいのだろうか?

スタッフ達は目を真っ赤にして奴らを睨み付けているが、当の本人は涼しい顔で出迎えていた。

女 「ちゃんと死ぬ所お互い見ましょうね。目を逸らしては駄目よ」

ス 「あなた自分のだった犬をよくも殺せますね!」

男 「お前らのお師匠様だって承諾したんだ、同罪だろ?」

ス 「・・・・・。」

犬 「とにかく入ろう。話は後だ」


病院に入ると午前中の診察を終えた先生が用意して待っていてくれた。

先 「こんにちは、見たくない人は車で待っていてもいいですよ」

するとここまで来たのに耐え切れなくなってスタッフの一人が出て行ってしまった。

先 「もう、いいかな?それではですね、早速ですが劇薬を使って死亡させるので、ここに承諾書があるのでサインをしてもらえますか?死んでからやっぱり止めたと言われても困るので、申し立てを一切しないとここにサインを。犬バカさんも」

私と女の異議申し立てを一切しないというサインを承諾書にした。

先生が注射器を取り出した。

先 「これは硝酸ストリキニーネです。劇薬で犬の殺処分に使われる薬です」

ス 「あの殺人に使われた奴ですよね?」(※愛犬家殺人事件に使用された劇薬)

先 「そうです。よくご存知ですね。これを注射いたしますと、5分ぐらいでフラフラしだしてやがて気を失うように死んでゆきます。実際は安楽死ではなく、窒息死のようなもので決して言葉にするほど生易しい死に方ではないですが・・・・今なら止めることはできますがどうしますか?」

女 「やってください」

先 「犬バカさんは?」

犬 「はい、お願いします」

先 「それでは犬をここへ乗せてください」

何がおきてるか判らずにスタッフの胸に抱かれてるポン太は尻尾を振って喜んでいる。
スタッフは涙を流しながら診察台にポン太を乗せた。

先 「それでは、注射いたします」

ス 「ポンちゃ~~~ん!!!!!」


そして注射が行われた。
その後先生が心電図を設置しだして院内は心電図の音だけがこだました。

2~3分もするとポン太はフラフラしだして次第に横たわった。
女はそれを見て涙ひとつも流さない。

ピッピッピッピッという心電図の音が突然ピーーーーという音に変わった。
横たわったポン太はまもなく息を引き取った。
先生が心電図を見て死を確認し、みんなに死んだことを告げた。
心電図を見ながら何を思ったのか?女はニヤニヤして先生の説明を聞く。
先生はポン太をダンボールの中にタオルを敷いて入れてくれた。

そのダンボールをスタッフに持たせた。

スタッフは何度も何度もポン太の顔を撫でながら涙を流した。

ス 「ポンちゃん・・・・まだ温かい・・・・」

犬 「よし、すぐに火葬場へ行くぞ、ペット霊園の人が待ってるんだ」

ペット霊園まではそう遠くない。予約してあるので急がなくては。
女も我々の車の後ろに着いてペット霊園まで着いてきた。

ペット霊園へ着くと様々なペット達の位牌が飾ってある。
その奥に火葬するボイラー質がある。
私はスタッフからダンボールを取り上げ、係りの人に渡した。
そしてあるビニール袋も手渡した。

犬 「これはこの犬が大事にしていたおもちゃや首輪などです」

と言って一緒に火葬してくださいと頼んだ。

ボイラーに入る前、係りの人が 「最後にお別れを」 と言ってまたダンボールを開けてくれて顔を見せてくれた。

ス 「まだ生きてるみたい」

ス 「ほんと、寝てるみたい」

ス 「綺麗なお顔ね。ごめんね、ポンちゃん・・・・。」


女も一応不貞腐れながらチンピラ彼氏と一緒にポン太の顔を見る。

係 「それでは火葬しますので一旦待合室でお待ちいただけますか?お骨になるまで小型犬ですから一時間ぐらいと見てください」


そう言われて10畳ぐらいある待合室に通された。
スタッフはシクシク泣いている。
女は男とテーブルに置かれている甘納豆とお茶をすすって男と笑って話している。

私は今回の殺処分代と火葬代を半分出し合うように提案すると、突然男は安心したのか気風の好い男になって全額出すと言い出した。ラッキ~♪


そして約1時間ほどが過ぎ、係りの人が骨壷を持ってきた。
骨壷には我々のコールネーム「ポン太」ではなく、女の付けたコールネームである 「愛犬リュウ号の霊」 と書かれている。

係りの人がお骨を開けて見せてくれた。

ス 「こんなに細くなっちゃって・・・」

ス 「もう、戻ってこないなんて・・・・」

ス 「ポンちゃん、さようなら・・・・」

すると女も少し感慨深い表情で 「こういう風に骨になっちゃうと寂しいものがあるわね」 と、人間らしい一言を言った。

大きな仏壇の前に骨壷を置き、線香をあげる。
お坊さんがお経を読んでくれ、その間にお焼香をする。人間と同じような葬式である。
女も手を合わせて線香をあげた。少しは人間の心を持ち合わせたか?

しかし一番人間の心を持っていないのは私だった。
みんなが焼香をしたり線香をあげたりして弔っているのに後ろで腕組みして傍観してるだけだった。
スタッフが小声で 「社長もどうぞ」 と言うが私は断固拒否した。

一通りお経が終わると女はこう言った。

女 「私のこと散々なこと言ってたけど、犬バカさんお線香もあげなければ手も合わせないのね。よっぽど悔しかったのね」

犬 「そうですね」

女 「随分素直じゃない。最初からそうすればこの子だって死ななかったのに」

犬 「そうですね」

女 「それじゃあ私達御代払って帰りますわ。それじゃあ」

犬 「あっ!これを!」

と言って骨壷を手渡した。せめて四十九日までは毎日線香を上げ手を合わせてほしいと懇願した。
男も女も分かったと言ってくれ骨壷を抱いて帰っていった。





帰った後私はまたもや非難轟々の嵐である。

ス 「ポンちゃんに手を合わせないなんて!」

ス 「あんな奴らに骨壷あげるなんて!」

ス 「結構社長って冷たいんですね。いくら無宗教だからって愛犬に手を合わせないなんて」

私は徐に女達が帰ったことを確認してからため息をついた。
またもやその態度を見てみんな泣き出した。

ス 「ポンちゃ~~ん!!!!!」

ス 「ポンちゃんごめんね!!!!」

ス 「安らかに眠ってください」

骨壷もないのに仏壇に向かって泣いている。
そんなスタッフを見て私は大声で怒鳴った。いつまでも泣いてるな!ということで怒鳴ったのではない。


犬 「お前ら何年ブリーダーやって犬見てきたんだバカ野郎!!一人ぐらい気付くと思ったら誰一人気付かないでワンワン泣きやがって!!お前ら昨日食っただろ!!!!!」


一同キョトンとしている。
泣きながら 「私ポンちゃん食べたりしないですよ~」 なんて言っている。

犬 「お前らなぁ、あの骨見て犬の骨だと思ってるのか?バカが」

ス 「??????」

犬 「美味かっただろ、この肉は~」




スタッフはまだ分かっていない。





ス 「え?何がですか?」

犬 「いいか、お前らあの骨みてどう思った!」

ス 「そう言えば・・・細過ぎると思いました・・・・」

ス 「それに喉仏や頭蓋骨がないって思いました。犬ってこんなに骨多いかなとも」

ス 「あっ!もしかして!」

犬 「そう、昨日スタッフが美味しくいただきました!だろ!」






ス一同 「ケ○タッキー!!!!!!」






犬 「ケ○タッキーの骨にお経あげて焼香はさすがに演技でも俺嫌だったんだよ。みんなケ○タッキーの骨に手を合わせてバカだなぁって後ろで見てたんだよ」

ス 「じゃあ、ポンちゃんは?」

涙を拭きながら笑顔になったスタッフ達。
私は係員に向かってこう言った。

犬 「すいませ~ん、もうポン太起きてるかな?」

まだちょっとフラフラしているポン太が尻尾を振って係員の部屋から出てきた。

ス一同 「ポンちゃ~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ポン太はスタッフの胸にまた抱かれて喜んでいる。

ス 「え?え?え?何かまだよく理解できてないんですけど、最初から説明してください」


事の成り行きはこうだ。

殺処分すると言われたとき、正直面食らった。
売り言葉に買い言葉で後で何とかなると思った。
しかし頭の回転が良いと言うか、悪知恵だけは働くというか、たまたまCMでケ○タッキーが何とかパックで990円とかやってるのを思い出した。これは使えると思った。久しぶりに食いたいし一石二鳥である。お別れパーティーの時は既に頭の中でバーチャルしていた。

獣医に電話して麻酔ではなく、鎮静剤の強いのを打ってもらうようお願いした。
頃合を見て先生が心電図のコードを外して死亡したように見せかけた。
まだ息してるのを見られてはまずいのですぐにダンボールに入れた。
胸が動いているのがバレないように厚くタオルをかけてくれた。

目が覚めては困るので大急ぎで火葬場へ。
普通火葬場では火葬する瞬間まで見せるが一旦待合室へと言われる。だって本当に焼けないから。
係りの人に手渡したビニール袋。実はポン太のおもちゃや首輪でなく、何を隠そうこれがケ○タッキーの骨である。係りの人も「長いことこの仕事やってるけどケ○タッキーの骨を焼く日がくるなんて思いもしなかった」 と言っていた。骨が細すぎて焼き過ぎると灰になってしまうので実際には一時間も焼いておらず、ものの7~8分だと言っていた。

そして私の計画を話してしまってはスタッフが泣かなくなると相手に不審がられるので、あえてスタッフには誰にも教えなかった。

以上がカラクリである。我ながら天才だと思った。
人を騙すのもひとつの必要悪である。


犬 「みんなして俺が犬を殺すと思いやがって!」

ス 「そういう訳じゃないんですけど・・・・」

犬 「じゃあどういう訳だ!そう言えば辞めるって言ってた奴もいたなぁ。辞表書いて今朝辞めるって言ってた奴も。受理するか・・・・」

ス 「あっ!やっばーい!A子ちゃん、犬舎出て行ったかも!呼んでこなくちゃ!」




さて、骨壷を抱いて帰ったあのバカップルは四十九日まで手を合わせただろうか?
骨壷に入っているのが犬の骨ではなく、我々が前日に食べたケ○タッキーの骨だとは知る由もなく毎日線香を上げて手を合わせているだろうか?バーカ!











PS,ポン太はもう、うちに居れないのでお客さんの家で悠々自適に元気に過ごしています。あしからず。今日も犬バカ犬舎は平和な一日を送っている。


終わり