【検察権の私物化を防ぐため、検察行政の民主化が必要であることについて】

(私は、アメリカの外交専門の大学院フレッチャースクールで民主主義と安全保障を学び、ハーバード大学のセミナーで民主主義について学ぶ機会がありました。以下の記事は、そこで得られた知見をベースにしています。)

1. 黒川検事長定年延長問題

安倍政権は、自ら犯した様々な犯罪を隠蔽するため、検察県の私物化を進めています。すなわち、森友・加計問題で犯罪もみ消しに奔走した黒川検事長の定年を延長し、さらに検察庁法を改定し黒川検事長を検事総長に就任させようとしています。

これは、政権による検察行政の私物化であり、もしこれが許されれば、政権に近い人々の犯罪は見逃され、政権に反対する人々が起訴され処罰されるという事態を招くことになります。

世論はSNSを通じてこれに反発し、批判を恐れた政権は検察庁法案の強行採決を止め、審議を先送りしました。黒川検事長は、賭けマージャンという別件で訓告を受け、辞任しました。



しかしながら、野党政治家や大学教授を始めとするいわゆる有識者たちの批判は、表面的・皮相的なものにとどまっているようです。彼らは、黒川検事長の懲戒免職を求めたり、黒川検事長の定年延長を決めた閣議決定の撤回を求めたり、検察庁法案の廃案を求めたり、法務大臣の辞職を求めたりしていますが、いずれも小手先の解決策といわざるを得ないと思います。

これらの方策では、問題の本質的解決は出来ません。

現に、報道によると、安倍政権は、辞任した黒川検事長の代わりに「ミニ黒川」と呼ばれる、黒川検事長と同様の官邸忖度官僚を検事総長に就任させようしているそうです。黒川検事長の代わりはいくらでもいるということです。[1]

また、安倍晋三政権が終了しても、今後、安倍政権のやり方を真似する政権が次々と現れるでしょう。第二、第三の安倍晋三が現れるでしょう。

したがって、これは、安倍晋三個人や黒川検事長個人の問題ではなく、安倍晋三や黒川検事長のような人物が現れることが可能な現在の「制度」自体に問題があるということです。

野党政治家や大学教授を始めとするいわゆる有識者たちは、問題の現象面しか見ておらず、問題の本質を見ていません。黒川検事長定年延長問題の本質は、政権による検察行政の「私物化」であり、したがって、その解決のためには、民主主義の原則に基づき、制度的に解決を図る必要があります。

残念ながら、日本では、政治的問題を制度の問題としてとらえ、本質的・制度的に解決するという伝統が薄いようです。欧米と異なり、ギリシャ・ローマ古典の素養に乏しいことにひとつの原因があると思われます。

古代ギリシャでは、直接民主制が行われ、陶片追放の制度により、横暴な権力者は追放されました。

古代ローマでは、横暴な王が追放され、そのあと、別の王を据えるのではなく、王制そのものを廃止し、有力者が元老院を構成し、合議で政治を行う、共和制が制定されました。

いずれも、問題を個人の問題ではなく制度の問題としてとらえ、制度的に解決を図っています。


[古代ローマの元老院における議論の様子]

また、もうひとつの原因として、日本では、明治維新以降、イギリス・アメリカという外国勢力により政治の中枢が支配され、政治の本質的部分は外国勢力が決定するという歴史が繰り返されてきたという背景があると思います。

そのため、政治家や有識者の発想は、表面的で皮相的です。


2. 黒川検事長定年延長問題の本質

今回の問題を解決するためには、まず問題の本質を理解する必要があります。

黒川検事長定年延長問題の本質は、政権による検察行政の「私物化」です。したがって、その解決のためには、民主主義の原則に基づき、制度的に解決を図る必要があります。言い換えますと、政権による検察行政の私物化を許さない新たな制度的仕組みを構築する必要があるということです。

政権による検察行政の私物化は、以下のふたつの形態に分類することが出来ます。

(1)起訴すべき事案を不起訴にする場合

これは、政権が検察行政に圧力をかけ、政権および政権に近い人間の犯罪について、起訴をさせないということです。政権および政権に近い人間による犯罪を見逃すということです。たとえば、森友・加計問題についての不起訴、詩織さん事件について安倍晋三に近いジャーナリストの不起訴、桜を見る会の公選法違反の不起訴などがこれにあたります。


(2)起訴すべきでない事案を起訴する場合

これは、政権が、政権にとって好ましくないと思われる人物を恣意的に起訴し、有罪にし、処罰・投獄するということです。

たとえば、民主党政権下でしたが、検察が、下野した自民党の意向を受けて、当時民主党の小沢一郎議員を政治資金規正法違反の疑いで強制起訴した事例などがこれにあたります。実際には、小沢一郎議員は無罪でした。しかしながら、小沢一郎議員は民主党内で党員資格停止に追い込まれました。


3. 黒川検事長定年延長問題の本質的・制度的解決

黒川検事長定年延長問題の本質は、政権による検察行政の「私物化」であり、したがって、その解決のためには、民主主義の原則に基づき、制度的に解決を図る必要があります。

民主主義を支える二大原則は、多数決の原則と少数者の権利の保護です。多数決の原則は、言い換えますと政治への民意の反映です。少数者の権利の保護は、権限の分散と基本的人権保護によって実現されます。

したがって、検察行政の私物化をふせぐため、検察行政への民意の反映を強めるとともに、検察人事・検察行政への国会の関与を強めるべきです。

具体的には、検事総長および検事長(高等検察庁の長)の任命については国会承認を導入すべきです。

現在、検事総長および検事長は内閣が任命することになっていますが、その任命について、国会の衆議院・参議院それぞれの承認が必要とすべきです。承認手続きは、公開で行われ、議員から様々な質問が行われるため、適切な任命か否かについて、国民の判断が可能となります。


[アメリカ上院におけるバー司法長官の承認手続きの様子]

また、検事正(地方検察庁の長)については市民による公選制を導入すべきです。アメリカでは 、各州の検事は選挙で選ばれます。


[アメリカの州検事選挙戦におけるポスター]

さらに、現在の検察審査会の制度をより強化し、市民が捜査権限を有し、起訴・不起訴を決定する大陪審の制度を導入すべきです。アメリカでは、「死刑又は1年を超える自由刑で処罰され得る犯罪」すなわち重罪については、大陪審が起訴・不起訴を決定することになっています。


[アメリカ・カリフォルニア州・ネバダ郡の大陪審の様子]

そして、政治家や検察官の犯罪を捜査・起訴するため、国会が選任する特別検察官の制度も創設すべきです。内輪の犯罪処罰に甘い検察官に対し、国会が選任する特別検察官は既存の検察組織から独立しているため、法を適切・厳格に適用し、検察官を処罰することが可能となります。

黒川検事長定年延長問題の本質は、政権による検察行政の「私物化」であり、したがって、その解決のためには、民主主義の原則に基づき、制度的に解決を図る必要があります。政権による検察行政の私物化を許さない新たな制度的仕組みを構築する必要があります。


参照資料:
(1) 「守護神辞任で…官邸が次の検察トップに据えたい“ミニ黒川”」、2020年5月23日、日刊ゲンダイDIGITAL


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。
私自身は、いずれの政党・政治団体にも所属していません。あくまでも一人の市民として、個人として発言しています。民主主義と平和を実現するために発言しています。