【5G通信の世界的普及において、排除されたのは実はファーウェイではなく、アメリカの方であったことについて】

アメリカやイギリスは、その戦略において、チェスの発想を基盤においているような気がします。政治家や軍隊、企業やメディアなどを「駒」として使い、仮想敵国の「駒」を打ち破り、影響力の拡大を図るという手法です。日本の政治家やメディア、自衛隊はアメリカの駒として利用されています。

これに対し、中国はその戦略において、囲碁の発想を基盤においているような気がします。先を見通して重要なポイントに布石を打ち、国家や地域、産業や技術の「陣取り」で徐々に優位性を築き、結果として他国を圧倒してしまうという手法です。



現在、アメリカのトランプ政権はまさに狂ったように中国の通信企業ファーウェイの排除に狂奔しています。アメリカは、自国企業にファーウェイとの協力を禁止するとともに、ヨーロッパ諸国や日本など、各国に対してもファーウェイを排除するよう要求しています。ファーウェイの幹部がカナダで拘束され、ファーウェイは一時的に電子技術の学術団体やWiFiの国際団体からも排除されました。

しかしながら、次世代の高速通信規格である5Gの覇権争いにおいて、排除されたのは、実はファーウェイではなく、アメリカの方であったようです。言い換えますと、5Gの分野で、アメリカは中国政府とファーウェイに完全に出し抜かれたようです。以下、ご説明させて下さい。



現在、我々が使用しているモバイル通信は4Gと呼ばれる通信規格を使っています。これは間もなく5Gへと移行して行きます。5Gにおいては、通信の速度・量が飛躍的に増大します。それにともない、インターネットを介した様々な高度なビジネス・学術研究・社会システムの導入が可能となります。したがって、5Gの覇権を押さえたものが、次の時代の産業・学術・社会システムにおいて圧倒的に有利な地位を占めることになるわけです。

中国は、これまでモバイル通信の規格において、常にアメリカの後塵を拝してきました。1G、2Gでは決定的に出遅れ、3Gの規格においても標準化に失敗、ようやく4Gにおいて重要なキャッチアップに成功しました。この過去の経験に学び、中国は次世代の5Gモバイル通信規格において主導権を握るべく、周到な戦略を立て、布石を打ってきました。

まず中国は、5Gの通信技術における主要な特許を押さえることに集中しました。モバイル通信の規格を決定付ける重要な特許は、「標準必須特許」(SEP: STANDARD ESSENTIAL PATENT)と呼ばれます。中国は、すでに5Gの分野における標準必須特許の3分の1以上を押さえています。

そして、モバイル通信の規格を決定付けるもうひとつの重要な要素が、各国の通信事業者との技術契約です。中国のファーウェイは、すでに世界各国の40社におよぶ主要な通信事業者と技術契約を締結しています。内訳は、欧州通信事業者が23社、アジア・太平洋通信事業者が6社、中東の通信事業者が10社、アフリカの通信事業者が1社です。[1]

これらの結果、ファーウェイのモバイル通信規格は、事実上の世界標準になりつつあります。



しかも、中国とファーウェイは、そのモバイル通信規格を定めるにあたり、きわめて緻密な計算と周到なマーケティングを行いました。

中国とファーウェイの5G通信規格は、「sub-6」と呼ばれる中周波数帯の電波を使用することにしました。世界の多くの国々は中周波数帯を商業利用に当てており、ファーウェイの通信規格は各国に受け入れられやすい規格です。また、中周波数帯を使うと、ひとつの基地局で広い地域をカバー出来るため、より少ない基地局で5Gを実現すること出来ます。そのため、コストが安く、しかも迅速な普及が可能です。これも各国がファーウェイの通信規格を受け入れる理由となっています。

これに対し、アメリカが開発し、導入しようとしている5G通信規格は、「mmWave」と呼ばれる高周波数帯の電波を使用します。なぜなら、アメリカでは中周波数帯の多くは軍が利用しており、5G用に割り当てることが難しいからです。高周波数帯の電波を使うと、高速・大容量の通信には有利ですが、より多くの基地局が必要となり、コストと時間がかかります。[2]

これらの事情により、次世代の5Gモバイル通信規格は、中周波数帯を使用するファーウェイの通信規格が世界各国で採用されることが予想されます。[3]



この世界的な流れの中で、アメリカは、いまさら中周波数帯を使用する5G規格へ切り換えることは困難です。言い換えますと、5G通信規格の世界標準化の流れの中で排除され、今後も排除されて行くのはアメリカだったわけです。

アメリカのトランプ政権は、石油・ガス産業や防衛産業を政権基盤としており、そのため、これまでイランへの制裁や北朝鮮との核・弾道ミサイル交渉に傾注し、情報通信産業の利害については後回しでした。その結果、中国とファーウェイによる5G通信規格の事実上の世界標準化を許してしまったわけです。遅ればせながら、それに気付いたトランプ政権は、現在、狂ったようにファーウェイ排除に狂奔していますが、これまでアメリカの要求を受け、ファーウェイ排除に従ったのは、日本とオーストラリアだけです。

イギリスも、ドイツも、フランスも、イタリアも、ファーウェイを排除しません。ブラジルもファーウェイを排除しません。インドもファーウェイを排除しません。サウジアラビアもファーウェイを排除しません。ロシアは、ファーウェイの機器を導入することを発表しました。マレーシアは、出来る限り多くファーウェイの機器を使うと発表しています。アフリカ連合は、ファーウェイと協力体制を築いています。

ちなみに、各国がファーウェイの機器を受け入れるもうひとつの理由は、もしアメリカ側の機器を使うと、アメリカのNSA(国家安全保障局)が通信回線を通じてスパイ活動を行うからです。アメリカがドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことは有名な事実です。

これに対し、ファーウェイは機器を受け入れた国に対しスパイ活動を行わないことを約束すると明言しています。中国とすれば、通信を通じたアメリカのスパイ活動を防止出来れば良いわけです。この点については日本およびオーストラリアを除いた世界各国が一致しています。[4]

今後、アメリカが、高周波数帯を使用する独自の5G規格で突き進めば、アメリカの5Gは世界から孤立し、ガラパゴス化するでしょう。

5Gのモバイル通信は、単に携帯電話の使用に使われるだけではありません。5Gのモバイル通信は、高速・大容量のインターネットを可能にするため、ビジネス・学術研究・社会システムの革命につながります。

たとえば、様々な家電製品や機器がインターネットと結び付くIoT(Internet of Things)は5Gの通信によって実現します。また、インターネットを利用した自動車の自動走行も5Gによって実現可能です。遠隔医療も5Gによって実現します。ビッグデータを利用したビジネス・学術研究も5Gで可能となります。AI(人工知能)の本格的な利用・普及も5Gによって可能となります。これらを統合・総合したスマートシティも実現します。5Gは、生産・流通・消費全ての分野で決定的な役割を果たすことになります。



中国は、5Gの通信規格の世界標準化に基づき、これらの次世代の巨大なビジネスチャンスで主導的な地位を占めることになるでしょう。世界中の5G関連市場で、中国が主導権を握ることになるでしょう。

一方、アメリカは独自の5G規格に縛られ、限られた市場でのみ、5Gビジネスを展開することになります。

現在、アメリカ国内では、5Gでの負けを認め、この際、5Gをスキップし、一気に6Gの開発を行うべきだという極論も出ているようです。しかしながら、5Gの規格に基づき、関連ビジネスの経験・ノウハウの蓄積を行わなければ、アメリカは、6Gでも引き続き、不利な立場に追い込まれるでしょう。

日本では、政府がメディアをコントロールし、情報統制が行われているため、ファーウェイの5G規格が事実上の世界標準となることは報道されません。あたかも、アメリカがファーウェイを排除したかのように報道されています。しかしながら、実は、排除されたのはファーウェイではなく、アメリカの方だったようです。

今後、もしこのままアメリカが独自の5G規格で突き進めば、世界はふたつの5G規格に分断されることになるでしょう。ユーラシア大陸およびアフリカで使用されるファーウェイの5G規格とアメリカ・日本・オーストラリアなどで使用されるアメリカの5G規格です。

そして、通信の分断は、金融や通貨の分断につながるでしょう。現代の金融や通貨は通信と密接に結び付いているからです。世界は、ユーラシア大陸・アフリカ経済ブロックとアメリカ・日本・オーストラリア経済ブロックに分かれることになるでしょう。バンク・オブ・アメリカは、すでに中国とアメリカが金融的に分断された場合のシュミレーションを実施しています。[5]

ふたつの経済ブロックに分かれた場合、世界経済は縮小し、アメリカ及び日本における5Gの普及も大きく遅れることになるでしょう。通信料金やエネルギー価格が高騰し、ハイパーインフレが起こるでしょう。

また、対立するブロックの間で激しい軍拡競争が起こり、消費税を始めとする各種税金の増税が行われるでしょう。資産と所得の格差がますます拡大するでしょう。

そして、対立するブロックの間で、相手側の通信や電力システム、交通システムを破壊するサイバー攻撃が日常的に行われるようになるでしょう。

そのような事態を避けるため、アメリカは5G規格における負けを認め、軍が使用している中周波数帯を商業利用に開放し、ファーウェイの5G規格を受け入れるべきであると思います。

また、アメリカは、高関税による脅しをやめるべきです。貿易戦争は中国とアメリカの間の持久戦となります。現在、アメリカ国民は中国への対抗姿勢を打ち出しているトランプ政権を応援していますが、やがて高関税が物価に反映され、インフレが起こり始めるとトランプ政権への批判が強まるでしょう。また、アメリカ国内の産業で中国からの加工品輸入に依存している業界からもトランプ政権への批判が起こるでしょう。

そもそも合衆国憲法によると、関税の賦課は連邦議会の権限です。トランプのような愚か者が大統領になることを想定していなかった連邦議会は大統領に関税賦課の権限を与えすぎました。現在、連邦議会では、大統領の関税賦課権限を制限する立法が議論されています。[6]

さらに、世界各国の政府や国連を始めとする国際機関から、トランプ政権の横暴への批判が強まるでしょう。

世界の経済の分断とブロック化を防ぐため、アメリカは5G規格における負けを認め、軍が使用している中周波数帯を商業利用に開放し、ファーウェイの5G規格を受け入れるべきです。一方、中国も、トランプ政権の面子を保つため、アメリカの要求を部分的に受け入れ、米中間で妥協策を考案し、合意を形成すべきです。それが、人類運命共同体にとって最善の道です。


参照資料:
(1) "Blocking Huawei’s 5G could isolate Australia from future economic opportunities", June 2nd 2019, The Conversation

(2) "Pentagon Report Warns of China’s Dominance in 5G Spectrum", April 22nd 2019, The Epoch Times

(3) "China is poised to win the 5G race" 2018, EY

(4) "Huawei would sign ‘we promise not to spy’ pacts with governments", May 15th 2019, Android Authority

(5) "U.S.-China Financial Breakup Scenarios Are War-Gamed at BofA", June 5th 2019, Bloomberg

(6) "How Congress can take back control over tariffs", June 2nd 2019, The Hill


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。
私自身は、いずれの政党・政治団体にも所属していません。あくまでも一人の市民として、個人として発言しています。民主主義と平和を実現するために発言しています。