【アジアにおける地域的「集団安全保障」の仕組み構築の必要性について】

アメリカのシンクタンクPacific Forum CSISの上級研究員 Dr. David Santoroが、たいへんに興味深い論文をThe National Interest誌に発表していたので、ご紹介させて下さい。

ご存知の通り、CSISには、きわめて好戦的・非民主主義的な研究員もいますが、少なくともこの論文で見る限り、Dr. David Santoroは、適切かつ公正な提案をしているようです。

Dr. David Santoroによると、アメリカが唯一のスーパーパワーであった時代の終焉とともに、現在、アメリカでは、安全保障の専門家の間で、新しい世界秩序を模索する議論が行われているそうです。

提案されている世界秩序は、大きく2つに分けることが出来ます。

ひとつは、引き続き、アメリカが唯一のスーパーパワーである状態を維持しようという立場です。しかしながら、ロシアおよび中国の軍事力の拡大とアメリカの財政危機を考えると、この立場を実現することは困難です。

もうひとつは、逆に中国およびロシアの勢力圏の拡大を一定限度受け入れようという立場です。しかしながら、この場合、軍事力の拡大を背景にしたロシアおよび中国の勢力圏拡大に歯止めが効かなくなる恐れがあります。

そこで、これらふたつの立場を補正・修正したものとして、選択的介入の立場とオフショア・バランシングの立場があります。

選択的介入の立場は、アメリカは世界の警察官になるべきではなく、あくまでもアメリカの核心的利益を守るためにだけ各地の紛争に介入すべきであると主張します。

オフショア・バランシングの立場は、アメリカは、各地の紛争への直接介入を極力控えるべきとした上で、アメリカに代わり、各地域の同盟国を敵対国に対峙させ、パワーバランスを取らせるべきだと主張します。

現在の自民党を中心とする与党政権は、このオフショア・バランシングの立場を取っていると考えられます。総選挙ののち、自公政権あるいは自公に希望の党・維新の党を加えた連立政権が成立した場合、憲法を改正して軍事国家としての体制を整え、核武装を進め、中国に対抗して行くと考えられるからです。

以上4つの立場はいずれも、国際社会において、国家は互いに永続的な競争関係・闘争関係にあり、国家は国家によってのみ、とくに軍事力によってのみ、制御が可能であるという考え方に基づいています。

一方、これらに対し、Dr. Santoroは、ヨーロッパにおいてはロシアとアメリカ、アジアにおいては中国とアメリカを加えた、地域的「集団安全保障」の仕組みを構築すべきであると提案しています。

「集団安全保障」の具体例としては、国際連合やOSCE (the Organization for Security and Cooperation in Europe)、ASEAN地域フォーラム (the Regional Forum of the Association of Southeast Asian Nations)などをあげることが出来ます。集団安全保障においては、「加盟国の中に」地域の安全を脅かす国が現れた場合、他の加盟国が協力して、その対処にあたることになります。

ちなみに、集団安全保障と区別すべき概念として、集団防衛があります。集団防衛においては、「加盟国の外に」脅威を想定します。たとえばNATOが集団防衛の例です。冷戦時代にアメリカと西ヨーロッパ諸国により創設されたNATOは、ソ連を仮想敵国とし、加盟国のひとつがソ連に攻撃された場合、他の全ての加盟国がソ連に対し反撃するとしていました。一部の安全保障専門家は、中国を封じ込めるため、アジア版NATOを創設すべきと主張しているようです。

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Dr. Santoroが提案しているのは、NATOのような集団防衛と異なり、ヨーロッパにおいてはロシアとアメリカ、アジアにおいては中国とアメリカを加えた「集団安全保障」の仕組みです。ヨーロッパにおいては、ロシア、アメリカ、そして他のヨーロッパ諸国が協力して、地域の安全を管理します。アジアにおいては、中国、アメリカ、そして他のアジア諸国が協力して、地域の安全を管理します。

そのような集団安全保障の仕組みがアジアにおいて構築された場合、集団安全保障機構の総会あるいは理事会における決議に基づき、たとえば、域内のテロ組織や海賊を撲滅するために、中国の人民解放軍、日本の自衛隊、アメリカ軍が協力して対処することになります。

また、域内で地震や津波などの災害が発生した場合、中国の人民解放軍、日本の自衛隊、アメリカ軍が協力して災害救助活動を行うことになります。

さらに、域内に、現在の北朝鮮のように核保有を進めようという独裁国が現れた場合、その抑制のため、中国の人民解放軍、日本の自衛隊、アメリカ軍が協力することになります。

この集団安全保障の仕組みが構築されれば、アメリカは、財政的制約から今後縮小して行くアメリカ軍の不利を補いつつ、アジアにおける経済的・政治的権益を可能な限り守ることが出来ます。一方、中国も年々拡大する軍事費の膨張を抑え、産業構造の転換や国民の社会保障、あるいは「一帯一路」政策のために、より多くの予算を投入することが可能となります。

私は、与党政権が、あくまで日米安保条約に固執し、中国を敵視し、好戦的なオフショア・バランシング戦略の立場に立つのに対し、立憲民主党を始めとする野党リベラル勢力は、現実のパワーバランスを踏まえ、この中国・アメリカを加えた集団安全保障の仕組み構築の立場を取るべきであると思います。

これまで、民主党、そして民進党を始めとする野党は、自公政権が進める集団的自衛権や安保法制、さらに憲法改正の動きに対し、これに反対することしか出来ませんでした。これまで、野党は、自公政権の安全保障政策に対する対案・代替案を提示することが出来ませんでした。野党共闘においても、統一した安全保障政策を打ち出すことが出来ませんでした。

立憲民主党を始めとする野党リベラル勢力は、中国・アメリカを加えたアジアにおける集団安全保障の仕組み構築の立場を取ることによって、責任ある安全保障政策を国民に提案し、政権交代をより現実的にすることが可能になると思います。

そのためにも、野党リベラル勢力は、「集団安全保障」の考え方を国民に丁寧に分かりやすく説明して行くとともに、アジアにおける安全保障上の問題の解決にあたり、「集団安全保障」の考え方を具体的に適用して行くことが必要になると思います。

たとえば、現在の北朝鮮問題の解決にあたっても、将来の集団安全保障の仕組みの構築を見据え、中国、日本、アメリカが協力して、その対応にあたっていくべきであると思います。まさに、その経験・先例が、アジアにおける集団安全保障の仕組みの創設・構築につながると思います。

これまで日本国内では、あるべき世界秩序・国際秩序に関する議論は、全く行われてきませんでした。しかしながら、それを抜きにしては、あるべき日本の安全保障政策を決定することは不可能です。


参照資料:
"Collective Security Is America's Only Hope", David Santoro, October 15th 2017, The National Interest