【スカボロー礁における軍事的衝突の可能性について】

中国が、フィリピンのEEZ(排他的経済水域)内にあるスカボロー礁に船団を派遣、人工島を建設する準備を進めています。

仮に中国がスカボロー礁に人工島を建設し、レーダー施設・通信施設・滑走路を建設すると、西沙諸島、南沙諸島の施設とあわせて、南シナ海のほぼ全域をカバーするレーダー網および戦闘攻撃機のパトロール網が整うことになります。

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中国にとって、南シナ海は、海南島にある戦略型潜水艦・攻撃型潜水艦の基地を守り、また、中国の海上輸送ルートに対するアメリカによる海上封鎖を防ぐため、戦略上重要な地域になっています。

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さらに、中国が南シナ海の支配権を得ることは、中国が核の第二撃能力を得ることにつながります。中国の戦略型潜水艦が南シナ海に待機し、西太平洋へ核抑止パトロールへ向かうことが可能になるからです。

過去、アメリカは、中国に対し、何度も核攻撃の脅しを行ってきました。1950年に勃発した朝鮮戦争、1954年のインドシナ戦争、1955年の台湾との大陳諸島解放作戦、1958年の金門島砲撃の際などです。

たとえば、今後、仮に台湾が独立を宣言した場合、中国は、国内法の「反国家分裂法」に基づき、台湾の独立を阻止するため、台湾に対し軍事侵攻を行うこととなっています。その場合、アメリカは、国内法の「台湾関係法」に基づき、中国に対し、核攻撃の脅しを行うかも知れません。

中国が核の第二撃能力を持つことは、アメリカによる核の脅しの効果を弱め、中国とアメリカの間の力関係を変えることにつながります。台湾の中国本土への統一プロセスにも影響があるでしょう。中国は、より軍事力を使いやすくなります。その意味で、南シナ海でのせめぎ合いは、台湾統一をめぐる米中間の前哨戦という意味もあると思われます。

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それだけの影響があることを考えると、中国はもちろんアメリカも、スカボロー礁をめぐる対立において、一歩も引き下がらないと思われます。とくに、中国は、アメリカの政権移行期間(2016年9月〜2016年11月)に、埋め立て作業に着手する可能性があります。

一方、すでにアメリカは、スカボロー礁の埋め立て作業は、レッドラインにあたるとし、これを阻止するため、軍事力の行使を行うとしています。そのため、中国が埋め立て作業に着手した場合、(もしフィリピンが支援を求めれば、) アメリカは、アメリカ海軍とフィリピン海軍によるスカボロー礁の海上封鎖を実施するでしょう。さらに、アメリカは、日本政府に対し海上封鎖への参加要請を行うでしょう。

アメリカの要請を受け、日本の与党政権は、安保法制に基づき集団的自衛権を援用、日本の自衛艦を派遣する決定を行うと考えられます。スカボロー礁の海上封鎖は、集団的自衛権の行使要件に当てはまりませんが、与党政権は独自の解釈で強引に自衛艦を派遣するでしょう。国会承認も容易に得ることが出来ます。また、メディアも与党政権の解釈を批判せず、単に政府の決定を伝えるだけでしょう。

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これに対し、中国は、軍艦を派遣して、自国の船団を護衛し、埋め立て作業を継続するでしょう。その結果、海上における中国海軍の艦船とアメリカ・フィリピン・日本の多国籍艦隊との衝突が起こると予想されます。

その際、アメリカの攻撃型潜水艦が中国の艦艇を攻撃すれば、対潜水艦能力に劣る中国は、これを補うため、中国本土から弾道ミサイル・巡航ミサイルを発射し、アメリカが率いる多国籍艦隊を攻撃するかも知れません。すでにスカボロー礁はもちろん、南シナ海全体およびフィリピン全域が、中国の1000発近い弾道ミサイル・巡航ミサイルの射程範囲内に入っています。最初は威嚇射撃にとどまると思われますが、多国籍艦隊が引き下がらない場合、ミサイルを直撃させるかも知れません。

問題は、どこまで衝突がエスカレートするかです。日米両政府の協議ののち、仮にアメリカ空軍が、沖縄の嘉手納基地から中国艦艇さらに中国本土に対し空爆をかければ、中国は、報復として、嘉手納基地に対し、弾道ミサイル・巡航ミサイルによる攻撃を行うかも知れません。沖縄だけでなく、日本全土が、中国の弾道ミサイル・巡航ミサイルの射程範囲内に入っています。嘉手納基地を補完する役割を持つ岩国基地、さらに在日米軍司令部のある横田基地も攻撃するかも知れません。

去る7月の参議院選挙において、日本国民のみなさんは、集団的自衛権を容認する与党政権を圧倒的に支持しました。そのときに、日本国民のみなさんは、日本の運命を決定していたわけです。今からでは、与党政権が自衛艦を南シナ海へ派遣することをとどめることは非常に困難です。そして、もし軍事的衝突が起これば、その後、事態は、日本国民のみなさんの手の届かないところで、急速に進展します。9月15日、訪米中の稲田防衛大臣は、アメリカのシンクタンクにおけるスピーチで、海上自衛隊とアメリカ海軍との共同パトロール訓練などを通じ、南シナ海への関与を強めて行くと発言しました。

今後の展開としては、(1) 軍事的衝突が発生する、(2) 軍事的衝突間際までいって、中国が埋め立て作業を中止する、(3) 軍事的衝突間際までいって、アメリカが海上封鎖を取り止め、経済制裁など非軍事的手段に切り換える、(4) 軍事的衝突間際までいって、米中が話し合いを行い、妥協策を見出す、などが考えられると思います。

日本の野党4党は、南シナ海の問題が、話し合いで外交的に解決されるよう、妥協策を提案し、各国政府に働きかけるべきです。そして、日本国民に対し、自衛艦の南シナ海への派遣に反対するよう呼びかけるべきです。


参照資料:
(1) "Beijing may be waiting for the perfect timing to strike in South China Sea", Harry J. Kazianis, Asia Times, September 15th 2016

(2) ""Japan to boost South China Sea role with training patrols with U.S.: minister", Reuters, September 15th 2016

(3) "China Challenges the Status-Quo While the U.S. Navy Shrinks", Harry J. Kazianis, The National Interest, September 5, 2016

(4) "Would America Really Go to War Over the South China Sea?", Hugh White, The National Interest, September 2nd 2016

(5) "In South China Sea, Beijing Acts Out Its Own Manifest Destiny", Diniel Williams, The Huffington Post, August 24th 2016

(6) "China called SDF dispatch to South China Sea ‘red line,’ hinted at military action if sent", The Japan Times, August 21st 2016

(7) "Can America Share Its Superpower Status?", Michael Lind, The National Interest, August 21st 2016

(8) "China’s Sea-Based Nuclear Deterrent", Tong Zhao, The Carnegie Tsinghua Center, June 30th 2016

(9) "Developing a Scarborough Contingency Plan", Gregory Poling and Zack Cooper, CSIS, May 30th 2016

(10) "The Thucydides Trap: Are the U.S. and China Headed for War?", Graham Allison, The Atlantic, Sept 24th 2015

(11) "The US-China Military Scorecard", RAND Corporation, 2015
(中国の弾道ミサイル・巡航ミサイルの配備状況については、本レポート51ページの図3.1が参考になります。また、南シナ海上空の米中航空戦のシュミレーションについては、本レポート88ページのSpratly Islands Scenario以下に記述があります。)