【集団的自衛権をアジアの現実にあてはめて説明することの重要性について】

1. 改憲勢力という括り(くくり)の曖昧さ

参議院選挙の結果を受け、日本の各メディアは、改憲勢力が3分の2を獲得したと相次いで強調しました。しかしながら、改憲勢力という括りは非常にあいまいであり、流動的であるということを理解する必要があると思います。

自民党穏健派の国会議員の中には、自衛隊の存在を憲法上認めることには賛成でも、国防軍を設置し、フルスペックの集団的自衛権を認めることには反対のみなさんもいらっしゃると思います。

まして公明党の支持者および国会議員のみなさんは、9条改正に関し抵抗を感じている方が多いと思います。

さらに、おおさか維新の党は改憲勢力とされていますが、憲法9条改正とは言っていません。

私は、現在のところ、集団的自衛権の本当の意味を理解している日本人は、ほとんどいないと思っています。会社員のみなさんも、主婦のみなさんも、農業に従事するみなさんも、メディアのみなさんも、学生のみなさんも、芸能人のみなさんも、そして、政治家のみなさんでさえ、集団的自衛権の本当の意味・集団的自衛権の具体的な意味を理解していません。

そのため、私は、今後、集団的自衛権について具体的な理解が進むにつれ、世論も、国会議員の態度も大きく変わると思っています。


2. 国家安全保障と理論的思考

現在までのところ、集団的自衛権に関する議論は、非常に抽象的です。大切なことは、抽象的文言を具体的事実にあてはめて考えることです。

私が、去る5月にアメリカのワシントンDCを訪れ、上院外交委員会に所属する民主党エドワード・マーキー上院議員のオフィスで、議員の外交政策スタッフとお話したときのことをご紹介させて下さい。外交政策スタッフは、40台の女性の方でした。

まず私から、彼女に対し、昨年、日本において安保法制が成立し、集団的自衛権が認められたこと、野党は安保法制に反対し、破棄を求めていることをご説明いたしました。その私の説明を聞いて、彼女が最初に発した質問が、非常に鋭い質問でした。さすがだと思いました。

彼女が最初に発した質問は、「What specific cases will the collective self-defense be applied to? (集団的自衛権は、具体的にどのような事態に適用されますか?。)」でした。

私は、たいへんに感服しました。彼女が、一番大切な質問をズバリ聞いてきたからです。日本では、国会においても、メディアの報道でも、この一番大切な点について議論されることがありませんでした。

彼女の質問に対し、私は即答しました。「Taiwan and the Philippines. (台湾とフィリピンです。)」これを受け、彼女が言いました。「South China Sea? Right? (南シナ海ですね?。)」

実は、彼女は、アジアの安全保障が専門ではありません。しかしながら、彼女は、すぐに事態の本質を理解しました。


3. 集団的自衛権をアジアの現実にあてはめて説明することの重要性

これまでの日本の集団的自衛権に関する議論では、アジアの現実に集団的自衛権をあてはめ、その危険性・不利益を説明する努力が圧倒的に不足しています。

2011年に、アメリカの調査機関PROJECT 2049 INSTITUTEが発表したレポート「Asian alliances in the 21st century (21世紀におけるアジアの同盟関係)」は、ブッシュ前政権の国務次官補代理でアーミテージ・インターナショナルのランドール・シュライバー氏、同政権国防総省中国部長のダン・ブルメンソール氏、クリントン元政権で国防総省中国部長だったマーク・ストークス氏ら5人により作成されたものですが、同レポートは、翌2012年に発表された第3次アーミテージ・ナイ・レポートの内容を先取りし、より具体化・明確化した内容となっています。[1][2]

同レポートは、中国の東シナ海・南シナ海への進出を抑止するためには、これまでのような、アメリカ単独の軍事力に依存した、アメリカと日本、アメリカと韓国のような二国間の同盟関係では不十分であり、これに代わり、アジア各国間の同盟関係の強化とアジア各国自身、とくに日本の役割の拡大が必要であるとしています。

すなわち、日本が自国の防衛だけでなく、韓国や台湾の防衛にも責任を持ち、南シナ海の領有権をめぐる対立にも積極的に関与すべきであるとした上で、中国の中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルに対抗するため、日本も中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルを配備すべきとしています。それにより、日本を、東シナ海・南シナ海の「Contested Zones (軍事的対立地域)」に対応させ、中国の進出を抑えるべきであるとしています。[3]

ちなみに、エアシーバトル・ドクトリンに基づき、アメリカは、中国との軍事紛争が起こった場合、航空勢力および海軍の主力を、グアム島やティニアン、パラオなど、中国の弾道ミサイル・巡航ミサイルの射程距離の外に退避させることになっています。したがって、紛争の際は、日本が中国との軍事的衝突の前面に立つことになります。[4]

現在、安倍政権が進める、解釈改憲による集団的自衛権の容認、さらに憲法改正によるフルスペックの集団的自衛権の容認は、まさにこの流れに沿うものです。従来の個別的自衛権が専守防衛にとどまるのに対し、集団的自衛権では友好国を防衛するため日本が他国を攻撃することとなります。攻撃的兵器、すなわち弾道ミサイル・巡航ミサイルの配備が可能となります。

今夏の参議院選挙に続き、次の衆議院選挙でも、与党が多数を維持し続ければ、間も無く、日本も自衛艦を南シナ海へ派遣し、パトロールの任務にあてると決定されることになるでしょう。また、台湾の防衛に日本が責任を持つとする日本版の「台湾関係法」が提案されることになるでしょう。さらに、日本が中距離弾道ミサイル・巡航ミサイルを配備することの検討が開始されるでしょう。

私は、昨年来、個人的に、野党側の政治家に対し、集団的自衛権をアジアの具体的現実にあてはめ、その危険性を説明するよう、繰り返しアドバイスしてきました。しかしながら、日本の政治家のみなさんは、その重要性をまだ理解出来ていないようです。

集団的自衛権をアジアの現実にあてはめ、集団的自衛権が具体的にどういう事態へつながって行くのか、日本の平和と安全がいかに損なわれるかについて、具体的に説明を行うことにより、世論は変わります。与党政権は、これまでこの点を隠し、ごまかしてきました。しかし、いつまでも隠し続けることは出来ません。

今後、野党側が、この点に焦点を当て、国民に対し集中的に説明を行えば、世論は変わります。その結果、次の総選挙では、憲法改正と集団的自衛権を推進する勢力が大きく議席を減らすことになるでしょう。なぜなら国民は、何よりも平和を求めているからです。


参考資料:
(1) "Asian alliances in the 21st century (21世紀におけるアジアの同盟関係)", Project 2049 Institute, 2011
(本レポートの執筆者のひとり、アーミテージ・インターナショナルのランドール・シュライバー氏は、第3次アーミテージ・ナイ・レポートの編纂にも携わっています。)

(2) "The Armitage-Nye Report: U.S.-Japan Alliance: Anchoring Stability in Asia (第3次アーミテージ・ナイ・レポート)", Center for Strategic and International Studies, 2012

(3) "The US-China Military Scorecard", RAND Corporation, 2015
(中国の弾道ミサイル・巡航ミサイルの配備状況については、本レポート51ページの図3.1が参考になります。)

(4) "AirSea Battle", Center for Strategic and Budgetary Assessments, 2010
(中国との紛争の際の、在日アメリカ軍の退避行動に関しては、本レポート53ページの「Withstanding the initial Attack」以降に詳述されています。)