【現政権の国家安全保障政策がもたらす日本の民主主義の危機について】

1. 6月11日に行なわれた党首討論を見て、私は、個人的に、現政権の非民主主義的姿勢に、たいへんに失望しました。日本の民主主義が危機的状況にあること、そして、日本の民主主義がいかに機能していないかの証左であったと思います。

集団的自衛権容認につき、なぜ憲法改正手続きを取らないのか?、なぜ急ぐのか?、との野党党首の質問に対し、首相は全く答えませんでした。政権による他党軽視は国民軽視であり、国会無視は国民無視であると思います。現政権は、国民への説明責任を果たしていません。

2. 元々、私は、もし仮に、平和を維持し、国民の生命・権利・自由を守るため、どうしても個別的自衛権でカバー出来ない事案があれば、きわめて限定的・例外的に集団的自衛権を認めることも必要かも知れないと思っていました。議論の過程で、そのような事案が明確になれば、限定的な集団的自衛権の容認も必要かも知れないと思っていました。

しかしながら、逆に、その後、首相の記者会見や集中審議で明らかとなったことは、現行法制の下でも、民族主義的な政権が、その気になれば、いかに情報を開示せず、いかに他党の声に配慮せず、いかに国民の意思を無視して、防衛政策を押し進めることが出来るか、ということでした。

もし仮に、現政権下で限定的に集団的自衛権が容認されれば、その後の運用も、全く同様に、情報を開示せず、他党の声に配慮せず、国民の意思を無視して行なわれるでしょう。

3. 現在行なわれている与党間協議では、地域およびグローバルなバランス・オブ・パワーについての議論もなく、集団的自衛権を認めた場合のリスクやコストについての分析もなく、ただ単に、いかに党内の了解を取り付け、党内に説明可能な文言を見出すか、という議論に終始しているようです。非常に内向きな議論にとらわれ、大局が見えなくなっています。

また、政府の情報開示が不十分なため、これまでのところ、マスメディアからも、そして、残念ながら国民のみなさんからも、広範な民主主義的議論は起こりませんでした。

4. はっきり言って、このような日本の民主主義の状況では、たとえいかに、文言上、限定的に集団的自衛権の要件を定めても、規範力がきわめて弱いと思います。その後の運用が、恣意的に行なわれる危険性がきわめて高いと思います。いったん戦闘になれば歯止めは効きません。全面的交戦に瞬時に移行します。

このため、当面、憲法9条の解釈を維持し、個別的自衛権のみを認め、海外での日本の武力行使を一切禁ずるとしておく方が、客観的に見て、日本とアジアの平和のために便宜であると言わざるを得ないと思います。言い換えると、日本の国家安全保障政策についての議論を、一からやり直す必要があると思います。

5. 以上を踏まえ、以下、何点かご提案をさせて下さい。

まず、日本自身がしっかりと先の大戦の総括をして、二度と戦争犯罪の愚行を繰り返さないと決断すること、そこが大事だと思います。そこが出発点だと思います。

ドイツは、戦後、国家として戦争責任を総括し、周辺各国へ謝罪をしました。ドイツがアフガニスタンへ派兵をしたのは、その数十年あとのことです。ドイツでは、現在でも、あらゆる教育レベルで、戦争犯罪について、そして、戦争責任について、徹底的な教育が行なわれています。

6. また、日本は、まず周辺諸国との領土問題について、外交的に、対立を解決・解消することが必要だと思います。その際、棚上げ論への回帰が有効と思われます。領土問題を放置したままで、集団的自衛権を容認し、海外での武力行使を認めることは、非常に危険だと思います。

7. そして、何よりも、まず民主主義的な文民統制(DEMOCRATIC CIVILIAN CONTROL)の法制を徹底的に整備することが必要だと思います。戦争と平和の問題は、国民の生命・権利・自由に直結する最も重要な問題であり、したがって、主権者である国民が、選挙で選ばれた政治家を通じ、最終的な判断・決定をする必要があります。国家安全保障政策、防衛政策の形成・決定にあたり、現政権のような国会無視、国民無視の政権運営が二度と行なわれないよう、政府に、国民への説明と情報開示を義務付ける必要があります。

具体的には、国家安全保障政策・防衛政策の形成・決定にあたり、以下の各点につき、政府に分析と情報開示を義務付け、説明責任を尽くすべきことを、法律で定める必要があると思います。

(1) きわめて重大な国家安全保障上の利益が脅かされているか?、(2) 明確かつ達成可能な目的が定められているか?、(3) 軍事的行動にともなう、リスクおよびコストは、十分かつ率直に分析されたか?、(4) 他の全ての非軍事的政策手段は、徹底的に追求されたか?、(5) 際限のない軍事的関与を避けるための、実行可能な出口戦略は存在するか?、(6) 軍事的行動がもたらす結果・影響は、十分に検討されたか?、(7) 軍事的行動は、国民の支持を得ているか?、(8) 軍事的行動は、国際社会の、広範かつ真の支持を得ているか?。

8. なお、中国戦闘機と自衛隊機との異常接近の問題や、南シナ海における中国とベトナムとの衝突に対応するため、当面の外交課題として、中国との間で、空と海に関する危機管理システムを早急に構築すること、そして、南シナ海の資源開発に関する多国間協定の提案が必要だと思います。

9. 自衛隊の海外派遣については、現政権が主張するような、集団的自衛権の容認という一般的な形で行なうのでなく、特別措置法で、個々の具体的なケースごとに対応すべきだと思います。

民主主義的な文民統制に基づく、具体的なケースごとの特別措置法を数多く積み重ねれば、その経験に基づき、将来的に、憲法を改正し、民主主義的な文民統制の体系的規定を含む、新しい安全保障法制の枠組みを作ることが可能となるかも知れません。

将来、もし憲法を改正するとすれば、立法府、行政府のそれぞれの権限を明確に分立した、体系的な文民統制に関する規定を盛り込むことが、最優先課題だと思います。

現時点であれば、まだ日本の政治は、修正可能だと思います。周辺事態が発生してからでは間に合わなくなります。


参照資料:

(1) "U.S. Forces: Challenges Ahead", Colin L. Powell, Foreign Affairs, Winter 1992/93

http://www.cfr.org/world/us-forces-challenges-ahead/p7508

(2) "Powell Doctrine is Set to Sway Presidents", Michael Lind, New America Foundation, November 7, 2006

http://newamerica.net/node/7806

(3) "Powell Doctrine", Wikipedia as of June 14, 2014

http://en.wikipedia.org/wiki/Powell_Doctrine


アメリカの統合参謀本部議長を務め、その後、国務長官を務めた、コリン・パウエル(COLIN POWELL)は、ベトナム戦争の苦い経験に基づき、アメリカが軍事的行動を検討する際の要件として、パウエル・ドクトリンを定式化しました。同要件は、より一般的に、防衛政策を議論・検討する際の指針としても、有効と思われますので、ご参考まで、ご紹介させて下さい。

「The Powell Doctrine (パウエル・ドクトリンの8要件)」

The Powell Doctrine states that a list of questions all have to be answered affirmatively before military action is taken by the United States:
(国家が軍事的行動を行なう際は、以下の全ての要件を充たすことが、必要である。)

(1) Is a vital national security interest threatened? (きわめて重大な国家安全保障上の利益が脅かされているか?。)

(2) Do we have a clear attainable objective? (明確かつ達成可能な目的が定められているか?。)

(3) Have the risks and costs been fully and frankly analyzed? (軍事的行動にともなう、リスクおよびコストは、十分かつ率直に分析されたか?。)

(4) Have all other non-violent policy means been fully exhausted? (他の全ての非軍事的政策手段は、徹底的に追求されたか?。)

(5) Is there a plausible exit strategy to avoid endless entanglement? (際限のない軍事的関与を避けるための、実行可能な出口戦略は存在するか?。)

(6) Have the consequences of our action been fully considered? (軍事的行動がもたらす結果・影響は、十分に検討されたか?。)

(7) Is the action supported by the American people? (軍事的行動は、国民の支持を得ているか?。)

(8) Do we have genuine broad international support? (軍事的行動は、国際社会の、広範かつ真の支持を得ているか?。)

以上


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。