【中長期的な、東アジアにおける、そして、グローバルな安全保障環境の見通しに関する議論の必要性について】

1. 5月28日、29日に衆議院、参議院で行なわれた集団的自衛権に関する集中審議では、中長期的な、東アジアにおける、そして、グローバルな安全保障環境の見通しについて、十分に議論する時間がありませんでした。

今後、日本の国家安全保障政策を検討・形成して行くにあたっては、その前提として、中長期的な、東アジアにおける、そして、グローバルなバランス・オブ・パワー(BALANCE OF POWER)に関する議論が必要になると思われます。

以下、この点に関連するいくつかの事実をご報告させて下さい。

2. アメリカ国防総省が6月5日に連邦議会へ提出した、「中国の軍事・安全保障分野の動向に関する年次報告書」によると、中国の2013年の軍事支出は、1450億ドルと推計されるそうです。2004年以降、年平均9.4%の増加だそうです。一方、アメリカの2013年の軍事支出は、5800億ドルですが、縮小傾向にあるそうです。

ただ、同報告書は、要約(EXECUTIVE SUMMARY)の中で、次のように述べています。

「China and the United States should continue working together to build a “new model” of relations in order to expand practical areas of cooperation and constructively manage differences in the bilateral relationship. 」

(実務的な協力分野を拡大し、両国間の相違に建設的に対処するため、中国とアメリカは、二国間関係の"新しいモデル"構築へ向けた、協働を継続するべきである。)

3. また、オバマ大統領は、4月下旬にフィリピンを訪問した際、記者会見で次のように述べています。

「Our goal is not to counter China. Our goal is not to contain China.」

(我々の目的は、中国に対抗することではない。我々の目的は、中国を封じ込めることではない。)

「We welcome China's peaceful rise," said Obama. "It's inevitable that China's going to be a dominant power in this region, just by sheer size. Nobody, I think, denies that. The question is just whether other countries in the region are also able to succeed and prosper on their own terms.」

(我々は、中国の平和的台頭を歓迎する。規模から見ても、中国が、地域における圧倒的な大国となることは避けられない。誰も、それを否定しない。問題は、地域における他の国々も、それぞれが望むように、成功し、繁栄することが出来るかどうかである。)

日本が、国家安全保障政策を検討・形成する際は、このアメリカの基本的スタンスを見誤らないようにすることが大切だと思います。

4. 一方、報道によると、6月4日から開幕したG7サミットでは、各国首脳の関心は、東アジア情勢よりも、ウクライナ情勢に向けられていたと伝えられています。これは、欧州がロシアに近いという地理的条件だけによるものではないと思います。ウクライナをめぐる情勢において、ロシアは、事実上ロシア正規軍を動員してクリミア半島を併合、きわめて重大な国際法違反を犯しました。すでに、アメリカ・EU・日本は、ロシアに対し、制裁措置を実行しています。

ちなみに、キッシンジャー元国務長官を名誉会長とする「THE NATIONAL INTEREST」誌に掲載された、TED GALEN CARPENTERの論文は、アメリカが、ロシアと中国に対し、同時に対抗的姿勢を持つことは重大な戦略的誤りであると指摘しています。それは、かえってロシアと中国の協力を促進するからです。

かつて冷戦において、自由主義陣営が社会主義陣営に勝利した最も重大な要因のひとつに、社会主義陣営のソ連と中国の対立という事情がありました。

5. これらの状況に鑑みるとき、現政権が主張するように、日本が、中国に対する対抗姿勢を前面に押し出し、日本が中国に対する対抗勢力(A COUNTER WEIGHT)としての役割を果たすとの立場を取ることは、中長期的に見て、はたして日本の国益に適うのか、慎重に検証する必要があると思います。

一部報道によると、現政権は、中国包囲網の構築を企図しているとも伝えられています。しかしながら、上記のように、それは、アメリカの外交政策と一致しません。

そして、現政権は、集団的自衛権の容認を主張していますが、集団的自衛権容認に至らずとも、中国に対し、様々な外交的・警告的メッセージを伝えることは可能と思われます。

たとえば、5月下旬にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議で示されたように、米豪日の防衛大臣の連携を見せること、ASEANとの連携を強化すること、あるいは、より緊密かつ頻繁な演習の実施を行なうこと、などが考えられると思います。

また、中国に対し、国際法を遵守し、法の支配を受け入れるよう求めるにあたっては、同時に、国際法の実質的形成過程に、中国を関与・参加させることも大切かも知れません。

6. 今後、日本の国家安全保障政策を検討・形成して行くにあたっては、その前提として、中長期的な、東アジアにおける、そして、グローバルなバランス・オブ・パワーに関する議論が必要になると思われます。

国会における、委員会審議、公聴会審議、専門家による意見陳述、等々の民主主義的プロセスを通じ、国民のみなさんの前で、オープンな議論を積み重ね、様々な立場・観点から議論をたたかわせ、国民のみなさんの批判・知見を得て、「平和を維持し、国民の生命・権利・自由を守る」という国家安全保障の目的を実現するための、現実的で、合理的な国家安全保障政策を形成して行く必要があります。

防衛政策の決定・実施にあたっては国民のみなさんの理解・支持が不可欠です。

7. 今後さらに、衆議院および参議院において、集団的自衛権について、時間をかけ、徹底的に議論する必要があると思います。集団的自衛権の問題を継続的に議論する特別委員会の設置が必要であると思います。


参照資料:

(1) "Annual Report To Congress: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China for 2014", June 2014, The US Department of Defense

(2) "Obama: Goal is not to 'contain' China", April 28, 2014, USA Today

(3)「『中国包囲網』狙った安倍首相、欧州の関心はウクライナ」、2014年6月5日、TBS NEWS

(4) "Washington's Biggest Strategic Mistake", Ted Galen Carpenter, April 18, 2014, The National Interest

(5) "Abe to offer Japan as China counterweight, at Asian defence forum", May 29, 2014, AFP (Agence France-Presse)


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。