【集団的自衛権と戦時におけるシーレーンでの機雷除去の効果・リスク・影響について】

1. 5月28日の衆議院予算委員会での集団的自衛権に関する集中審議において、委員の一人から、「戦時における海上交通路(シーレーン)での機雷除去」、具体的には、ペルシャ湾における機雷除去に関し、集団的自衛権を適用することは、適用を拡大し過ぎであるとの指摘がありました。

首相は、答弁の中で、ホルムズ海峡への機雷敷設を例示していました。具体的には、イランによる機雷敷設が想定されていると思われます。

以下、5月7日付の弊ブログ記事「COLLECTIVE SELF DEFENSE AND GENERAL ELECTION」の中でご紹介した、パウエル・ドクトリン(POWELL DOCTRINE)を参考にしつつ、検証させて下さい。

2. まず、ペルシャ湾に機雷が敷設され、日本への石油の供給が妨げられた場合、きわめて重大な日本の国家安全保障上の利益(A VITAL NATIONAL SECURITY INTEREST)が脅かされるか?、という点が問題になると思います。

この点、たとえホルムズ海峡が封鎖されても、サウジアラビアから紅海へ至るパイプラインなど、ホルムズ海峡を迂回した石油の供給ルートが存在します。また、備蓄した石油を使用している間に、代替輸入先の確保や省エネなどの対策を施すことが可能となります。

個別的自衛権の行使の場合は、日本自身が武力行使や侵略を受け、その結果として日本国民の命が失われたり、財産が奪われたりするという事態です。それに匹敵するだけの状況がなければ、集団的自衛権の行使は出来ないと考えることが、ひとつの判断基準になると思います。

3. 次に、戦時における機雷除去にともなうリスクとコスト(THE RISKS AND COSTS)を検討する必要があります。

海上自衛隊は、1991年、ペルシャ湾で機雷除去作業を行ないました。しかし、それは、「停戦発効後の機雷除去」であり、したがって、日本が除去したのは、「遺棄された機雷」でした。

これに対し、今回、安保法制懇報告書および政府事例集で提示されたのは、「戦時における機雷除去」であり、したがって、除去するのは、現に相手側が「戦闘の用に供している機雷」です。これは、状況が全く異なります。

戦時におけるペルシャ湾での掃海活動は、機雷が敷設された最前線の海域で、しかも長時間停泊し、行なうことになると思われます。その間、海上自衛隊の掃海艇、および、その防護にあたる護衛艦は、常に、イランの航空機、移動式地対艦ミサイル、水上艦艇、潜水艦による攻撃のリスクにさらされることになります。非常にリスクが高いです。

そして、イランの攻撃に対し、日本が反撃すれば、直ちにイランによる再攻撃があると考えられるため、全面的な交戦に瞬時に移行します。

4. また、首相の答弁では、一切触れられませんでしたが、外交を始めとする、他の全ての非軍事的政策手段(ALL OTHER NON-VIOLENT POLICY MEANS)は尽くされているのか、という議論も必要となります。

イランの核プログラムをめぐっては、安全保障理事会常任理事国にドイツを加えた、いわゆるP5プラス1とイランとの間で、大詰めの外交交渉が行なわれています。同交渉に日本が貢献することを提案する専門家の指摘もあるようです。

「平和を維持し、国民の生命・権利・自由を守る」という国家安全保障(NATIONAL SECURITY)の目的を実現するための手段(外交、諜報、軍事、等々)のうち、まず外交的手段による問題の解決が徹底的に追求されるべきです。

5. なお、イランは、ハマス(HAMAS)やヒズボラ(HEZBOLLAH)など、中東地域のテロ組織への支援を行なっているため、仮に日本が戦時におけるペルシャ湾での機雷除去活動を行なった場合、その結果(THE CONSEQUENCES)として、中東地域における日本のPKO活動や在留邦人へのテロの危険が高まるかも知れません。

6. 安保法制懇報告書および政府事例集に含まれる事例を見ると、政府が主張する限定的集団的自衛権は、事実上、一般的集団的自衛権に非常に近いと思われます。一般的集団的自衛権は、海外における武力行使を禁ずる憲法9条に違反し、無効です。

7. 今回の集中審議で明らかになったように、集団的自衛権に基づく軍事的行動の効果・リスク・影響の分析・検討は、首相が選任した私的諮問機関あるいは内閣だけで行なえる仕事ではありません。

国会における、委員会審議、公聴会審議、専門家による意見陳述、等々の民主主義的プロセスを通じ、国民のみなさんの前で、オープンな議論を積み重ね、様々な立場・観点から議論をたたかわせ、国民のみなさんの批判・知見を得て、「平和を維持し、国民の生命・権利・自由を守る」という国家安全保障の目的を実現するための、現実的で、合理的な国家安全保障政策を形成して行く必要があります。

防衛政策の決定・実施にあたっては国民のみなさんの理解・支持が不可欠です。

8. 今後さらに、衆議院および参議院において、集団的自衛権について、時間をかけ、徹底的に議論する必要があると思います。集団的自衛権の問題を継続的に議論する特別委員会の設置が必要であると思います。


参照資料:

(1)「イランの核交渉に日本は参加すべきである」、美根慶樹、2013年8月22日、キャノングローバル戦略研究所

http://www.canon-igs.org/column/security/20130822_2082.html

(2) "U.S. Forces: Challenges Ahead", Colin L. Powell, Foreign Affairs, Winter 1992/93

http://www.cfr.org/world/us-forces-challenges-ahead/p7508

(3) "Powell Doctrine is Set to Sway Presidents", Michael Lind, New America Foundation, November 7, 2006

http://newamerica.net/node/7806

(4) "Powell Doctrine", Wikipedia as of June 4, 2014

http://en.wikipedia.org/wiki/Powell_Doctrine


アメリカの統合参謀本部議長を務め、その後、国務長官を務めた、コリン・パウエル(COLIN POWELL)は、ベトナム戦争の苦い経験に基づき、アメリカが軍事的行動を検討する際の要件として、パウエル・ドクトリンを定式化しました。同要件は、より一般的に、防衛政策を議論・検討する際の指針としても、有効と思われますので、ご参考まで、ご紹介させて下さい。

「The Powell Doctrine (パウエル・ドクトリンの8要件)」

The Powell Doctrine states that a list of questions all have to be answered affirmatively before military action is taken by the United States:
(国家が軍事的行動を行なう際は、以下の全ての要件を充たすことが、必要である。)

(1) Is a vital national security interest threatened? (きわめて重大な国家安全保障上の利益が脅かされているか?。)

(2) Do we have a clear attainable objective? (明確かつ達成可能な目的が定められているか?。)

(3) Have the risks and costs been fully and frankly analyzed? (軍事的行動にともなう、リスクおよびコストは、十分かつ率直に分析されたか?。)

(4) Have all other non-violent policy means been fully exhausted? (他の全ての非軍事的政策手段は、徹底的に追求されたか?。)

(5) Is there a plausible exit strategy to avoid endless entanglement? (際限のない軍事的関与を避けるための、実行可能な出口戦略は存在するか?。)

(6) Have the consequences of our action been fully considered? (軍事的行動がもたらす結果・影響は、十分に検討されたか?。)

(7) Is the action supported by the American people? (軍事的行動は、国民の支持を得ているか?。)

(8) Do we have genuine broad international support? (軍事的行動は、国際社会の、広範かつ真の支持を得ているか?。)

以上


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。