【安保法制懇報告書と総理記者会見 ー 集団的自衛権に関する国会内外における国民的議論の必要性について】

1. 5月15日に提出された安保法制懇の報告書は、憲法解釈による集団的自衛権の容認を求め、集団的自衛権の行使について、(1) 密接な関係にある国が攻撃を受ける、(2) 放置すれば日本の安全に重大な影響を及ぼす、(3) 攻撃を受けた国からの明示的な支援要請がある、(4) 政府が総合的に判断する、(5) 事前または事後に国会承認を得る、(6) 第三国の領域を通過する場合、当該国の同意を得る──という6つの要件を提示しました。地域は限定せず、対象国も明示しませんでした。

これは、まさに一般的集団的自衛権であり、海外における武力行使を禁ずる憲法9条に明らかに違反し、無効です。憲法に違反する行政府の行為は、全て無効です。

また、安倍首相は、同日の記者会見において、イラストパネルを使って、邦人を輸送する米艦防護の事例を紹介し、憲法解釈による限定的集団的自衛権容認の必要性を説明しましたが、現実の要素が捨象され、単純化されたイメージに基づき、国家の防衛政策を説明し、国民に判断を求めることは、十分に説明責任を果たしているとは言えないと思います。

以下、5月7日付の弊ブログ記事「COLLECTIVE SELF DEFENSE AND GENERAL ELECTION」の中でご紹介した、パウエル・ドクトリン(POWELL DOCTRINE)を参考にしつつ、検証させて下さい。

2. 報道によると、政府は、すでに5月11日に集団的自衛権の行使容認を踏まえた事例集を公表し、武力の行使に当たる活動について、「近隣有事における対処」「米国が武力攻撃を受けた時の対処」「シーレーンにおける国際的な機雷掃海活動への参加」の3つの事例をあげているそうです。

そして、上記の、邦人を輸送する米艦の防護は、このうちの「近隣有事における対処」に含まれるそうです。固有名詞は避けているものの、「近隣有事における対処」は、朝鮮半島有事を念頭に置いたものだそうです。

であるとすれば、イメージに基づいて説明するのでなく、朝鮮半島有事の様々なシナリオごとに、実際の数字に基づき、現実のリスク並びにコスト(THE RISKS AND COSTS)を、包括的かつ率直に分析し、説明する必要があります。単純化されたイメージでは、現実のリスクやコストが見えなくなってしまうからです。

例えば、朝鮮半島有事の際、邦人や米国人など避難民の数はどれぐらいになると想定されるのか、避難民輸送のための船舶は何隻と想定されるのか、そのうち米輸送艦は何隻と想定されるのか、アメリカ軍の兵員や武器の輸送も防護するのか、アメリカ海軍は、自国の輸送艦防護のため、どのような種類の艦船を何隻動員出来るのか、海上自衛隊は、どのような任務に着くのか、対潜哨戒活動なのか、対空防衛活動なのか、海上自衛隊は、どのような種類の艦船を何隻動員出来るのか、アメリカ空軍・航空自衛隊は、どのぐらいの規模の航空勢力を投入出来るのか、制空権は確保出来るのか、等々、具体的な数字に基づき、各段階ごとに、どのようなリスク並びにコストが考えられるのか、詳細に分析する必要があります。

また、集団的自衛権に基づく、米艦防護の事例では、アメリカが攻撃を受け、日本が助けるというシナリオがしばしば想定されていますが、リスクの中には、日本が先制攻撃を受けるリスクも含まれると思います。アメリカを攻撃すると日本が反撃してくると分かっていれば、相手側は、まず日本を攻撃してくるかも知れません。リスクが非常に高くなります。

なお、防衛省防衛研究所が「東アジア戦略概観 2014」で指摘していたように、集団的自衛権容認にともなうリスクの中には、日本が集団的自衛権を容認することに対する、中国の対抗措置設定も含まれると思います。中国による新たな防空識別圏の設定、東シナ海における中国軍の活動の活発化、日本に対する経済制裁の実施などが考えられるかも知れません。それは、東アジアの軍事的緊張を高め、安全保障環境の悪化を招くことにつながる恐れがあります。

一方、コストの中には、軍事的行動による直接のコストだけでなく、集団的自衛権容認にともなう、長期的・継続的な財政負担の増加も含まれると思います。

3. また、総理の記者会見では、一切触れられませんでしたが、外交を始めとする、他の全ての非軍事的政策手段(ALL OTHER NON-VIOLENT POLICY MEANS)は尽くされているのか、という議論も必要となります。

中国との関係で言えば、尖閣諸島問題の棚上げ論への回帰の提案、日中二国間の危機管理メカニズムの構築、中国に対し東シナ海・南シナ海における航行の自由と飛行の安全を守る責任を求めること、東シナ海・南シナ海における資源開発のための多国間協定の提案、等々、中国との対立を解決・解消するための、様々な外交的手段が考えられると思います。

「平和を維持し、国民の生命・権利・自由を守る」という国家安全保障(NATIONAL SECURITY)の目的を実現するための手段(外交、諜報、軍事、等々)のうち、まず外交的手段による問題の解決が徹底的に追求されるべきです。

4. さらに、集団的自衛権に基づく軍事的行動の結果・影響(THE CONSEQUENCES)についても、十分に分析・検討する必要があります。

例えば、集団的自衛権に基づく軍事的行動が終了しても、その後、相手側が、日本に対するテロ活動を長期的に継続するかも知れません。軍事的行動にともなう直接的な被害・損害よりも、その後のテロ活動による被害・損害の方が甚大になるかも知れません。

5. これらの詳細な分析・検討は、首相が選任した私的諮問機関あるいは内閣だけで行なえる仕事ではありません。国会における、委員会審議、公聴会審議、専門家による意見陳述、等々の民主主義的プロセスを通じ、国民のみなさんの前で、オープンな議論を積み重ね、様々な立場・観点から議論をたたかわせ、国民のみなさんの批判・知見を得て、その過程で、思い違いや個人的見解を排除し、過大評価や過小評価を補正し、「平和を維持し、国民の生命・権利・自由を守る」という国家安全保障の目的を実現するための、現実的な国家安全保障政策を形成して行く必要があります。防衛政策の決定・実施にあたっては国民のみなさんの理解・支持が不可欠です。

今後、衆議院および参議院において、集団的自衛権について、時間をかけ、徹底的に議論する必要があると思います。今月28日・29日に、衆議院・参議院で、それぞれ1日間予定されている集中審議だけでは不十分です。集団的自衛権の問題を議論する特別委員会の設置が必要であると思います。

そして、今後の議論においては、公明党が主張しているように、米艦防護等については、従来から認められてきた個別的自衛権を、拡大・援用することにより、対応可能ではないか、という点がひとつのポイントになると思います。

憲法解釈は、より抑制的・限定的に行なうべきことを考えれば、従来から認められてきた個別的自衛権で対応出来るのであれば、その解釈を選択すべきです。

6. 十分な国民的議論を経ずに、そして、国民の意思から遊離した状態で、国家安全保障政策を強引かつ拙速に進めると、政策の実行途上で、必ず、ほころびが出て、破綻します。

そのような事態が発生すれば、日本の国家安全保障を大きく損なうだけでなく、同盟国アメリカの安全保障政策をも損ないます。

引き続き、国会内外で、国家安全保障に関する包括的議論を進めるとともに、憲法解釈による限定的集団的自衛権容認の是非に関しては、総選挙において、国民の意思を問うことが必要です。


参照資料:

(1)「集団的自衛権 第2部 何が変わるのか (上)」MSN産経ニュース、2014年5月12日

(2)「防衛研『防衛力増強が相手の対抗策引き起こす』」TBS(JNN)配信、2014年4月5日

(3)「東アジア戦略概観 2014」防衛省 防衛研究所

(国防力の増強や対外的な安全保障関係の強化が、他国の対抗的な政策を引き起こす危険性については、「序章 2013年の東アジア」の中に、その記述があります。)

(4) "U.S. Forces: Challenges Ahead", Colin L. Powell, Foreign Affairs, Winter 1992/93

(5) "Powell Doctrine is Set to Sway Presidents", Michael Lind, New America Foundation, November 7, 2006

(6) "Powell Doctrine", Wikipedia as of May 18, 2014


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。