走ればいいってもんじゃ・・・ | ま、なんとかなるさ

ま、なんとかなるさ

ブログの説明を入力します。

マラソンの練習を始めて約4週間、ド素人の私も少しは走る事になれてきた感じがします。

相変わらず遅いですが、タイムより長時間走る事に慣れる事が第一ではないかと。


先週、試しに春日温泉~楡原にある旧細入村役場までの往復11.6キロ走をやってみたらいい感じで走れ、その後スタート地点にある「ゆーとりあ越中」で夜空を眺めながら温泉につかったら最高だったので、昨日もやってみよう、という事になりました。


で、調子に乗った私は・・・・楡原から先の「細入道の駅」まで走る事にしたのです。



ま、なんとかなるさ
笹津から国道41号線。ここから国道に沿って走ります。



ま、なんとかなるさ
ダム。

景色が綺麗だと思えるくらいまだ余裕があります。




ま、なんとかなるさ
岩稲。

画像からはわかりにくいですがかなりの上り坂です。練習にはもってこい。



ま、なんとかなるさ

楡原交差点。スタートから4.9キロ。

新41号線が出来ていますが、ここは旧道から進みます。


ま、なんとかなるさ

この付近に畠山重忠公の墓があるそうです。


畠山重忠(1164~1205)

源平合戦においおて源氏方として大活躍。清廉潔白の典型的な武士として幕府から信頼がおかれるも将軍源頼朝の舅である北条時政との確執により、幕府軍に討たれてしまいました。嫡子重保と時政の後妻の娘婿にあたる平賀朝雅との諍いが原因と言われています。

でも相模国(神奈川県)で討たれた重忠の墓がなぜ富山県に?重忠はここで謹慎してて相模に出て討たれた、と書いてあるのを何かで見た気がしますが事実ではないと思います。

越中といえば室町時代の一時期に畠山氏が治めており(富山に畠山姓が多かったり畠山氏の家紋である蔦の紋を使う家が多いのもそのせい)、となりの能登も畠山氏が守護職に任ぜられ、所領がここにもあったとか。おそらく家祖にゆかりのある重忠公関係を祀ってあるうちにあらためてお墓を建てたのではないかと思います。

(ちなみにこの畠山氏の先祖は重忠ではありません。重忠の直系がすべて討たれてしまったので北条時政の娘あたる重忠の妻をあわれんで足利義純に再婚させ、名門畠山氏の名跡を継がせた。)




ま、なんとかなるさ
旧細入村役場。5.8キロ。

本来ならここで引き返すのですが、このまま進みます。



ま、なんとかなるさ

川の向こうには新しい国道が走っております。

歩道がここからなくなり車が猛スピードで走る為にすごく怖いです。案の定、かっ飛ばしてきた軽四にひかれそうになりました。



ま、なんとかなるさ

庵谷トンネル。

一応歩道はありますが大型トラックとか容赦なく走るので風がすごくて飛ばされそう( ̄□ ̄;)それよりもトンネルで反響するエンジン音がすさまじくて耳がおかしくなりそうです。



ま、なんとかなるさ
はい、道の駅。10.8キロ。

土曜なのでツーリングのライダーが多数とまっています。


私もバイクでよく訪れたものですが、まさかランニングでここに来る事になろうとは・・・・


ここからもまた歩道がなくなり大変危険になります。地元の人は自転車や徒歩で集落間の移動はしないんでしょうね。とてもじゃないがここはランニングに適していません。楡原が限度。

でもこの時は2キロ先の猪谷まで走ってみる事にしました。



ま、なんとかなるさ
おっ、猪谷地区が見えてきたゾ。



ま、なんとかなるさ
猪谷。12.8キロ。

ああ、やっとついた。早く引き返そう。帰りは下り坂が多いからさぞ早く帰れるだろう、と考えていたのですが・・・


途中長い上り坂があり、それを過ぎたあたりから右足のふくらはぎに痛みを感じ、しばらくとまって足をさすっていました。スタミナもなくなってしまい、楡原までもふどってからは何度か歩いてし舞う有様。

これではランニングにないrません。



ま、なんとかなるさ
スタート地点に戻り、ゆーとりあ越中の温泉につかろうかとした時にはすでに空は真っ暗。そして玄関先には「終了」の看板が。あーあ。

じつは土日祝は外来入浴は17時で終了してしまうのです(着いた時には17時40分になってた)。

コースは計25.6キロなのですが、実際走ったのは24キロ程度かと。


長い距離を走ればいいってもんではないですね。今回はただ疲れただけだったような・・・

ただ、水分補給なしでの長距離の限界がどれだけかわかったような気がしました。その距離に近づく前に水分や栄養の補給をすればペースを落とさずに走り続けられるのではないかと思います。