国語講師の徒然日記 -6ページ目

国語講師の徒然日記

高校で非常勤講師する23歳女子のブログ。
講師1年目、日々奮闘中。学生、先生、いろんな人と刺激し合っていきたいです。

読書録『教育とはなんだ』重松清


最近ALTの知り合いが増え、とても嬉しいです。
英語を話したりメールを送ったりする機会が増えています。

私は洋楽が好きなので、比較的英語を身近に感じていたほうだと思いますが、
それでも中学や高校で習った英語のみ。
自分の「超」頼りない英語で会話をしてます。

でも、結構話せるもんです。
(まあ相手が日本語上手いっていうのが大きいけれど)

今までは中学・高校の英語の教育に対して、
「何で6年も習って実際に話せるレベルにならんのやろ」
「入試対策ばっかりで生きた英語を教えてないんじゃないか」
みたいなことを思っていたけれど、
ちょっと考え方が変わった‥というか、新たな考えが加わった今日この頃です。

*****

この本では重松さんがいろんな教育の方面で活躍している人に
インタビューしていくという内容でしたが、
教科書・建築・給食・TV番組など本当に多方面にわたった内容で、
堅苦しい内容じゃなく、楽しく読めました。


その中で英語について。
何故実践的な英語を学ぶカリキュラムでは無いのか。

「戦後の教育では、今よりもコミュニケーションの中で言葉が
果たす役割が大きいことを知らなかった」から、
このくらいのレベルでいいんだ、ということになってしまった。
それがそうではない、と気付きだしたんだという意見。

けれどもじゃあ英会話教室と同じでいいのかというと、そうではない。
単語を反復練習する、会話できるようにする、
という技術面の前に、
英語文化について、そのバックボーンについても伝えていかなくてはならない。



ここはそのとおりだなーと思いました。
国語についても同じことが言えると思うから。

日本語なんて、中学入学の時点で10年以上接してきている。
なのに国語という教科でずっと学んでいる。
(古典は別だけどね)

そしてそれは基礎的な文法や敬語の使い方だけじゃなくて、
日本語の文化や、言葉の大切さ、おもしろさを
伝えるツールになってるものでもあるんだ、と思いました。
自分としては、そういった側面こそ感じてほしいと
思いながら授業してきたつもり。


そもそも、算数や理科だって、学んで全員が使えるかというと、
そうじゃないんですよね。
自分が必要だと感じて、努力して、きちんと学んでいたらある程度は出来る。
カリキュラムに問題があるにせよ、自分が怠けている部分がある。
だって、実際学んでいた英語を思い出そうと必死ですもん。

それを忘れてないかー???


と、昼のワイドショーで、
「なんで6年もやって英語話せるようにならんねん!
 日本の教育はおかしいやろ!」
とわめいているコメンテーターを見て思いました。

『「まなび」の時代へ 地域市民への学び・30人の現場」

1999年、10年前の本。
環境教育がメイン?
ボランティア協会、自然学校、森林インストラクター、グローバル教育センター
などなど、学校の外で活動されている方へのインタビュー&座談会。

印象に残った話・・
参加型教育やファシリテーターの重要性の話。

「日本では意思決定を他人に任せてしまうことがあまりにも多すぎる。
 もっと当事者意識を持つことが大事(本文抜粋)」
 →そのための参加型という手法
  参加型:行動変容につながるような知識情報の共有のしかた

But,参加型をしてもそこに気付きがなければ自分で使えるものにならない。
ワークショップのやり方、方法を何通りか知っているだけでは、
体験を学びの場へと導くファシリテーターにはなれない。


参加型学習、ワークショップという場を設けなくても、組織や学校、家庭などで
積極的に参加する場が生まれてくるようになると
市民主体の社会ができてくる。「参加型の社会」へ。

だから、現在の参加型学習でも、その場だけで終わってはいけない。
参加型社会を生み出す予行演習のようなもの。
ゲームだけで終わってはいけない。     
                      (内容要約)

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<共感・感想>

教育者は学ぶ内容に一番相応しいやり方を考えることが必要。
何でも参加型ではなく、知識を学ぶ・繰り返すやり方も残していく。
しかし、教育者と生徒の関係は一方的に教える・教えられる側の関係から変わっていく必要がある。

知識を学ぶ中でも得られるもの
知識や方法を学ぶことによって自然と培われる能力、考え方
それをサポートし、身に付けさせる能力が必要ではないか
そういった視点から考えて授業ができているか

参加型のプログラムの中でも、
勉強に「楽しさ」を感じてもらうだけでは終わってはいけない。
そこからの発展をどのようにしていくか。
自分で考え試行錯誤していくしかない。
しんどいなぁって思っていたクラスの子たち。
アンケートで先生が楽しそうじゃないって書いてくれた子がいる。
授業の雰囲気を壊す子もいる。
すぐに大人をナメる子が多い。

でも、最後やっていうたら、
一番寂しがってくれました。


一番素直じゃなくて勉強‥というか学校生活にやる気がない子が、
授業の最後の号令で
「気をつけ、礼」のあと、「ありがとうございました」って言って
一番に拍手してくれたのが
びっくりしたし、嬉しかったです。

他の子も、「迷惑かけてごめんなさい」っていいにきました 笑



私こそ、ありがとう。
いっぱい勉強させてもらいました。

もっと皆のためになる指導ができたんじゃないか、とも思います。
一人一人ともっと絡みたかった。
授業上の指導も、自分で振り返っても、まだバランスがわからないところもある。


みんなの前で宣言しましたが、
次会うまでにもっと素敵な先生になりますよ。

お互いがんばろうね。