達磨大師 1【備忘録】 | 人間万事塞翁が馬

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福から禍へ、そして禍から福へ

達磨大師とははてなマーク
まさに
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で、
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だるまのモデルになった方です

晩年は中国にいらっしゃったので、中国人と思われてる方が多いのですが、
インドの方です

仏教の僧侶です

釈迦牟尼が仏教の開祖で、達磨大師は釈迦牟尼から数えると29代目なのですが、
釈迦牟尼は別格と考えるので、唯一無二の仏という存在
釈迦牟尼の次、魔訶迦葉を初代とするので、
達磨大師は正式には28代目になります
達磨大師=菩提多羅といいます

達磨大師はある日インドからつながった仏教がどうなっているか確認しに中国に行ってくれと言われます

その時言い伝えでは、達磨大師100歳超えてたと言う…まあ、資料が少ないので、
本当かどうかはわかりません

中国には儒教というもの
これは生き方の教えであり、中国では、この儒教と仏教を混ぜて広まっていた
それが後に韓国へ、そして日本に伝わりました

中国はその頃、梁という国で武帝時代でありました

武帝は横井先生曰くですよあせる仏教狂いだったそうです
国費を仏教に費やし、立派な寺院を建て、とても仏教に力を入れていたそうです

そこに達磨大師がインドから来るビックリマーク
っていうので、大変喜んだそうです
なぜか…
これだけお金をかけ、仏教を崇拝しているのだから、
さぞかし自分は達磨大師から褒められるであろうと

達磨大師に会う時には、国中の人々を集め
自分が達磨大師に褒められる姿を見せたかった
自分の力を誇示したかったんでしょうね〜

さて、武帝は…はてなマークつづく