『Otac』4.5★

英題:『Father』

部門:パノラマ(@Cubix 9)★観客賞

監督:スルダン・ゴルボヴィッチ

製作国:セルビア、フランス、ドイツ、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルチェゴビナ

https://www.berlinale.de/en/programme/programme/detail.html?film_id=202010899

 

正社員として働く工場を不当に解雇されたニコラは、家族を養うため日雇いの仕事で食いつなぐが、ある日妻が焼身自殺を図る。一命は取り留めたものの2人の子供たちが保護されてしまい、ニコラは2人を返すよう市長に直談判すべく600kmの長い旅に出る。

 

夫の不当解雇に抗議するため、嫌がる子供の手を無理やり引きながら工場まで闊歩する妻。そして従業員の目前で焼身自殺を図るという妻の狂った所業から物語は始まる。妻を看病しながら子供たちを取り返そうとニコラは奮闘する。

 

こう聞くと勇敢な頼もしい父親像を思い浮かべるが、激情的な妻に対し、ニコラは淡々と黙々と事を進める一見大人しい性格。しかし表に出さない怒りの感情は眼光から伝わる。繊細で頑固で、時に図々しくまるでただをこねる子供のよう。ほとんど話さないのに、不思議と人間味が溢れていた。

 

実在する家族の話から着想を得ているとのこと。本編のようにソーシャルワーカーは表向きは子供たちを保護するとしているが、働き手として別の家族に引き渡すことで金銭のやり取りがあるという。

 

ニコラは1ヶ月かけて600キロ歩き市長に会いに行き、SNS効果も利用したが、成果は得られず苦労は報われなかった。あっけなく振り出しに戻る。

 

長旅から帰ったその足で子供たちとの面会に向かうが、思春期の息子はそんな父親の苦労を知らずに反抗的な態度をとる。口下手なニコラの思いは、息子には眼光だけでは伝わらない。と思いきや、その直後の抱擁のシーンが格別。

 

極め付けはラストシーン。旅の間長く家を空けていため、近隣の村人に家財道具をすべて盗まれていた。ニコラは一言も発せず近所の家に押し入っては、自分のものを見つけ出しては回収していく。

 

何の好転もなく八方塞がりの状況にも関わらず、ダイニングテーブルと4つの椅子が元通りにそろった瞬間、大丈夫、ニコラはどうにかしてでも子供たちを取り返す、そう確信してしまう。

 

上映終了後に登壇したニコラ役のゴラン・ボグダンは、ふっくらして和かでまるで別人だった。大きな拍手はなかなか鳴り止まない。私にとって本映画祭の最高作品と相成った。