今日ははままるさんの
お母さんとの和解
のお話しです。
遡ること5年前のある日
遠方から来るお母さんと、叔母さん(母の妹)、従兄弟の4人で
大阪心斎橋でランチに行くことになっていました。
ところが、その時のラインでのやり取りがきっかけで
ちょっとした「事件」が起こります。
はままるさん:「迎えにいくから駅に何時に着くか教えて」
お母さん:「2個前のメッセージを見ろ」
この返事
見ろって言い方にスンとシャッターが閉まりました。
普段ならその気持ちを自分の中に収めて、
波風立てないようにそのままやり取りを続けるところ、
その時は違っていました。
はままるさん:「その言い方嫌だから今日は(会うのを)やめるわ」
これでやりとりは一旦終了し
駅に迎えに行くのをやめることにします。
ただ、そのやり取りをした時は家を出たあとだったこともあり、
そのまま難波の地下にあるトイレに寄ったそうです。
そうしたら、そこで3人と鉢合わせしたんです![]()
すごい偶然に全員が驚く
と共に、
そこからお互いになかなかの激しい言い合いがはじまります。
「お母さんは昔から人を悪く言って人を動かす癖があるんですね。
自分が悪いという感覚がない。
両親が喧嘩すると小さい時はお父さんが悪いと思っていた。
でも、大きくなるにつれてお母さんの癖がわかるようになった。
わかるようになったけれど、そこを指摘はできない。
余計に面倒なことになる、
とにかく丸く収めよう、
そう思って避けていたんです。
でもその時は自分の伝えたいことを伝えることができたんです。
叔母もこの展開(普段は何も言わないはままるさんの行動)にびっくりしていました」
難波のトイレの前で
「なんなの?その態度、親を馬鹿にして!」と涙ながらに言うお母さん。
「馬鹿にしているわけじゃないよ。」
「お母さんのことが大好きだよ。」
「言い方が嫌だっただけだよ。」
「だから話し合ってるんじゃん。」
と言いながら、まあまあの人通りがある中、
感情むき出しのお母さんをハグして、
叔母も一緒になってハグして
大人3人が肉団子みたいになって、
従兄弟は1人横で静かに佇む、
通行人の注目を浴びる、
みたいな光景が繰り広げられたそうです。
話し合い、
と言うわけではなかったけれども
お互い言いたいことを言って、
ぶつかり合ってスッキリして
「その後吉本見に行きました。
お母さんとこれまでより楽に話せるようになりました。
つまりが取れた感じがしました。」
と。
「お母さんはただ不器用なだけ、
愛情をうまく表現できないだけ、
というのはわかってました。
お母さんにマチュピチュへの旅費を頼んだ時も、
何十万のバックをねだった時も、
嫌な顔せず受け入れてくれましたし。
ただ、今から思うと
その行為は
「弱者である僕が強者である母」という立ち位置のもと
「お願いして叶ったこと」だったんです。」
今回はフラットな関係で、
お母さんに「あなたのこのやり方は自分にとって好みではない」
とはままるさんが感じたことを伝え、
意思表示をした初めての出来事だったそうです。
これまでは、
ちょっと嫌だな、と思っていても
反抗すると面倒なことになる、
面倒なことを避けて自分が我慢することを選択していたのが
「お母さんにとっての聞き分けのいい子、
よりも、
【自分の心地よさ】をその時初めて優先させたんだと思います。」
より身近な人になるほど、
和を保つために面倒を起こさないために
「自分がちょっと我慢すれば」
「自分が受け入れてしまえば」
と思ってしまう。
でも、
「ちょっと」の我慢も自分にはさせない。
納得しないものは受け入れない。
ごまかさず丁寧に自分の感情を見て
「自分を大切にすること」を優先する。
実はその先にしか本当の和解っていうのはないのかもしれないな
とお話を聞きながら感じました。
はままるさん、ありがとうございました!

