巨万の富を築いた男がいた。
その男の富は、小さな国なら丸ごと買ってしまえるほどだった。
しかし、その男もほんの10年前は、当たり前のように雨漏りがする、
隣の部屋のテレビの音がもれ聞こえてくるような、アパートに住んで
いた。
「いつか、俺も成功者になってみせる!」
そんな熱い野心が、男に巨万の富を築かせたのだ。
ある日、その男が高級ホテルの前へリムジンを停め、ホテルへ
入ろうとすると、一人のホームレスの姿が目に留まった。
普段なら、ホームレスなど気にしない男だったが、ホームレスの
顔を見て驚いた。
あのおんぼろアパートで、隣の部屋に住んでいた、顔見知りの男だった。
「確かあの人は、超が付くほどの一流企業へ就職が決まったはずだ」
そのホームレスの男は、おんぼろアパート時代は大学生だった。
大学を首席で卒業するほど優秀で、超一流企業へ就職し、おんぼろ
アパートから引っ越していった。
「もしかして、○○さんでは無いですか?」
何日も風呂に入っていないような、のっぺりと固まった、伸ばし
放題の髪の奥に、懐かしい目の光があった。
「おお!久しぶり!!立派になったなー。
時々、テレビや雑誌で、あなたの事を見ていたよ」
「いや・・・。それよりも、どうしたのですか?」
「え?ああ、これか。いや別に」
「別にじゃなくて、なんでホーム・・・、あ、失礼」
「いいんだよ。ホームレスだからさ」
「確か、あの企業へ就職されたはずですが、なぜ、こんな生活を」
「なんかねぇ。ビジネスの世界が疲れちゃってさ」
「それは、もったいない。もし、よろしければ私の会社を紹介します。
ぜひ、うちで働いてください」
「いや、良いんだよ」
「いや、良くないです。
あなたは、とても優秀な人でした。あなたなら、私程度の成功なんて
簡単なはずです」
「ん~。成功かぁ・・・」
「そうです。成功です。
あなたなら、必ず成功者になれますよ」
「君は今、成功者なの?」
「え?まあ、そうです。お金も沢山ありますから」
「会社も沢山もっていると?」
「そうですね。20社ほど経営しています」
「女性にもモテちゃうんだ」
「え?まあ(笑)」
「欲しいものは何でも手に入った」
「そうですね」
「俺も、欲しいものは全て、手に入れたんだ」
「え?ホームレスじゃないですか」
「うん、今はね。
ビジネスマンをやっていた時、あなたほどじゃないけど、
お金を普通の人の20倍も30倍も稼いだ。
広いマンションにも住んだし、女も好きなだけ手に入った。
美味しいものを食べて、高い酒も飲んだ。
欲しいものは何でも手に入った。
幸せだったね」
「じゃあ、また成功しましょう。私にお手伝いさせてください」
「あの頃、手に入ったものは、今は全て無くなった。
全て無くなると、失う恐怖も無くなるんだよね」
「失う恐怖?」
「そう。
地位とか名声とか、手に入れると、それを失う恐怖が付きまとう。
それを失ったとき、良い女も広い家も全て失うからね。
今の俺には、失うものなんて何も無い。だから、失う恐怖なんて
無い。
それに、今の俺にはあなたに無いものが一つある」
「それは何でしょうか?」
「自由だよ。
俺は、あなたみたく、ボディガードは必要ないし、リムジンで
移動する必要もない。
自分の二本の足で、どこにだっていける。
あなたみたく、セキュリティがばっちりな、高級ホテルの
スイートルームへ泊まる必要も無い。
道路で寝ればいい。
自分が経営する会社の、従業員の生活を心配する必要もない。
株や金利の上下動に一喜一憂する必要もない。
体臭を気にして、一日何回もシャワーを浴びる必要もない。
この自由な生活を満喫する事が、俺にとっては成功なんだ」
ホームレスは、にやりと笑って、立ち去ろうとした。
しかし、ふと立ち止まると、
「すまんけど、一つだけお願い聞いてくれないかな?」
「なんでしょう?」
「タバコを一本くれないか?」
男は胸元のポケットへ手を入れると、ダンヒルを一箱取り出した。
「おおー!これは豪勢だな」
さらに男は、リムジンの運転手へ一言二言はなし、1カートンの
ダンヒルをホームレスへ渡した。
「おいおい、それは貰いすぎだよ」
「良いんですよ。女房が、タバコをやめろってうるさくて。
丁度よい機会です。これでタバコをやめられそうです」
「な、それだよ」
「え?」
「俺は、健康を気にする必要も無いんだ。
それに、喫煙所を探す必要も無い」
そういうと、ホームレスは、もらったばかりのダンヒルの封を空け、
一本に火をつけて、肺の奥深く、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
男とホームレスの間を、タバコの煙が天へ向かって登っていった。
その男の富は、小さな国なら丸ごと買ってしまえるほどだった。
しかし、その男もほんの10年前は、当たり前のように雨漏りがする、
隣の部屋のテレビの音がもれ聞こえてくるような、アパートに住んで
いた。
「いつか、俺も成功者になってみせる!」
そんな熱い野心が、男に巨万の富を築かせたのだ。
ある日、その男が高級ホテルの前へリムジンを停め、ホテルへ
入ろうとすると、一人のホームレスの姿が目に留まった。
普段なら、ホームレスなど気にしない男だったが、ホームレスの
顔を見て驚いた。
あのおんぼろアパートで、隣の部屋に住んでいた、顔見知りの男だった。
「確かあの人は、超が付くほどの一流企業へ就職が決まったはずだ」
そのホームレスの男は、おんぼろアパート時代は大学生だった。
大学を首席で卒業するほど優秀で、超一流企業へ就職し、おんぼろ
アパートから引っ越していった。
「もしかして、○○さんでは無いですか?」
何日も風呂に入っていないような、のっぺりと固まった、伸ばし
放題の髪の奥に、懐かしい目の光があった。
「おお!久しぶり!!立派になったなー。
時々、テレビや雑誌で、あなたの事を見ていたよ」
「いや・・・。それよりも、どうしたのですか?」
「え?ああ、これか。いや別に」
「別にじゃなくて、なんでホーム・・・、あ、失礼」
「いいんだよ。ホームレスだからさ」
「確か、あの企業へ就職されたはずですが、なぜ、こんな生活を」
「なんかねぇ。ビジネスの世界が疲れちゃってさ」
「それは、もったいない。もし、よろしければ私の会社を紹介します。
ぜひ、うちで働いてください」
「いや、良いんだよ」
「いや、良くないです。
あなたは、とても優秀な人でした。あなたなら、私程度の成功なんて
簡単なはずです」
「ん~。成功かぁ・・・」
「そうです。成功です。
あなたなら、必ず成功者になれますよ」
「君は今、成功者なの?」
「え?まあ、そうです。お金も沢山ありますから」
「会社も沢山もっていると?」
「そうですね。20社ほど経営しています」
「女性にもモテちゃうんだ」
「え?まあ(笑)」
「欲しいものは何でも手に入った」
「そうですね」
「俺も、欲しいものは全て、手に入れたんだ」
「え?ホームレスじゃないですか」
「うん、今はね。
ビジネスマンをやっていた時、あなたほどじゃないけど、
お金を普通の人の20倍も30倍も稼いだ。
広いマンションにも住んだし、女も好きなだけ手に入った。
美味しいものを食べて、高い酒も飲んだ。
欲しいものは何でも手に入った。
幸せだったね」
「じゃあ、また成功しましょう。私にお手伝いさせてください」
「あの頃、手に入ったものは、今は全て無くなった。
全て無くなると、失う恐怖も無くなるんだよね」
「失う恐怖?」
「そう。
地位とか名声とか、手に入れると、それを失う恐怖が付きまとう。
それを失ったとき、良い女も広い家も全て失うからね。
今の俺には、失うものなんて何も無い。だから、失う恐怖なんて
無い。
それに、今の俺にはあなたに無いものが一つある」
「それは何でしょうか?」
「自由だよ。
俺は、あなたみたく、ボディガードは必要ないし、リムジンで
移動する必要もない。
自分の二本の足で、どこにだっていける。
あなたみたく、セキュリティがばっちりな、高級ホテルの
スイートルームへ泊まる必要も無い。
道路で寝ればいい。
自分が経営する会社の、従業員の生活を心配する必要もない。
株や金利の上下動に一喜一憂する必要もない。
体臭を気にして、一日何回もシャワーを浴びる必要もない。
この自由な生活を満喫する事が、俺にとっては成功なんだ」
ホームレスは、にやりと笑って、立ち去ろうとした。
しかし、ふと立ち止まると、
「すまんけど、一つだけお願い聞いてくれないかな?」
「なんでしょう?」
「タバコを一本くれないか?」
男は胸元のポケットへ手を入れると、ダンヒルを一箱取り出した。
「おおー!これは豪勢だな」
さらに男は、リムジンの運転手へ一言二言はなし、1カートンの
ダンヒルをホームレスへ渡した。
「おいおい、それは貰いすぎだよ」
「良いんですよ。女房が、タバコをやめろってうるさくて。
丁度よい機会です。これでタバコをやめられそうです」
「な、それだよ」
「え?」
「俺は、健康を気にする必要も無いんだ。
それに、喫煙所を探す必要も無い」
そういうと、ホームレスは、もらったばかりのダンヒルの封を空け、
一本に火をつけて、肺の奥深く、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
男とホームレスの間を、タバコの煙が天へ向かって登っていった。