2006年3月某日


「本当に良いのか?」


孝之の問い掛けに思わず 「はぁ?」 と言ってしまった。


雲ひとつ無い青い空。

カンカンに照らしつける眩しい太陽。

そよそよと柔らかな風が私を祝福してる。

そう思えた。


3月だと言うのに、暖かい。

天気のせいか、それとも気持ちが軽いからなのか。


今まさに、記入・署名・捺印済みの離婚届をしっかり握り締めて、孝之と二人で役所に向かっていた。

駐車場からルンルン気分で道を渡ってる私に向かって発した一言。


『何言ってんの今更。』


そう思った。

けど、言わなかった。


まぁ、離婚をする・しない、子供の親権・養育費の話合い、全てにおいて『何言ってんの今更。』だった。

こう言う男をきっと“女々しい”と呼ぶのだろうと思った。


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不思議だった。

出会った頃は、こんなに女々しくなるなんて、これっぽっちも考えなかった。

いわゆる“肉食系男子”だった孝之は、サーフィンの為に生きてるような男だった。

茶髪・ロンゲで、年中日焼けしてて、真夏になると黒人並みに肌が焦げてた時もあった。


お互いに“不特定多数の一人”と言う付き合い方から、1999年にいつのまにか結婚してた。

翌年に長男、更に次の年には長女が産まれた。

ドミノ倒しのように次から次へと色々流れてった。

これがそもそもの間違いだったのかも知れない。


その頃から、細い糸がねじれた感じがしてた。

解いても、解いても、決して解けない。

解こうとすればする程、もっとねじれてく。

そんな気持ちになっていた。


長女が産まれて数ヶ月経ったある日。

ふと『あ。私この人と5年以内に別れるな。』と思った事があった。


その勘が当たった。


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孝之が真ん丸な目で、きょとんとしてる私を見て、

「そうだよな。お前はこれを望んでいたんだもんな。」

と言った。


『後悔するなら、婚姻中にちゃんと私の事わかってよ!』


言いたいが、我慢する。

何故なら、これからも子供達の両親として付き合っていかなくてはならないからだ。


そして、離婚届が無事に受理されて、受理証明をそれぞれ出してもらうのに少し待つ。

同じ空間に居るのが嫌で嫌でしょうがないのに、孝之はやたら話しかけてくる。

今までこんなに話した事ないのに。バカみたい。


そして、数十分後。

私達は無事にそれぞれ受理証明をもらって役所を出た。


「じゃ、日曜日ね!じゃあね~!」


元気が良過ぎるくらいの私に、


「あ、ああ、わかった。」


と言ってたと思う。

私は別れの挨拶を済ませてさっさと車に戻ったから。


やっと、やっと私は自由になった!

嬉しい!嬉しい!嬉しい!

そう叫びたかった。


これは、私の人生の中の一つ目の転機だった。


そして細い糸はどんどんねじれていく。