離婚当時、佑は5歳、友里は4歳。

お父さんとお母さんが離れ離れになるのは寂しい。

ただそれだけの年齢。


そんな中、私は極力正直に、且つ心のケアーをしながら子供達に現状の話をしていた。

孝之の悪口は一度も言った事はない。

なぜなら、私は彼の事嫌いだろうが、子供達にとってはたった一人の父親だから。

何があってもそれは変わらないから。


けど、孝之は

『お母さんはお父さんの事嫌いになったから離れる事になったんだよ』

『お母さんは家事なんか全然しなかったんだよ。全部お父さんがやってたんだよ』

そんな事を良く言ってたらしい。

帰って来た子供達が私にそう伝えるから。


心の中では『もっと大人になれよ!!!』と思いながらも、子供達には向き合ってゆっくり話し合う。

子供達の中の不満や不安が少しでも拭えるように、何時間でもかけて話す。


子供達が年齢相応の納得をするまでいくらでも話し合う。

5歳児には5歳児なりの、4歳児には4歳児なりの理解の仕方がある。

大きくなるにつれ、考え方も成長して、離婚等に対する疑問が変わったり増えたりする。

その都度、真剣に、丁寧に話し合う。

それが母親としての義務であり、佑と友里の保護者としての責任である。


世界一大切な私の宝物。

この子達を守る為に私は生きてる。

そう思うようになった。


それが新たに糸をねじらせる事とは知らずに。