生後100日で父を亡くした私は、結婚、出産後もひたすらに働きました。←ここまではNo.1〜4

出産2か月後に職場に戻ったのは、生徒数が当時でも2000人を超えるマンモス料理教室だったからです。

義母の助けもあり、娘は小学生から高校を卒業するまでの12年間を無遅刻、無欠席、無早退で過ごしました。娘は母に似て根性もあり(笑)、東京の大学で医学を学んだ後は、アメリカ心臓協会の博士研究員としてカリフォルニア大学で7年間勤務しました。現在は日本に戻って、医学博士として後進の指導や研究に明け暮れています。

私が娘のために頑張ったのは、お弁当作りです。中学と高校の6年間に作ったお弁当を、毎朝写真に撮ってアルバムにしました。アルバムは16冊となりました。







主食はご飯(チラシ寿司や炊き込みご飯など)や麺(焼きうどんなど)、パン(サンドイッチやフレンチトーストなど)、主菜は肉と魚・卵など、副菜は野菜や海藻など、必ず5種類のおかずを入れて果物かデザートを添えました。

母親として何をするべきかと考えた時、ひとまずキチンと食べさせたら良いのだと思ったからです。朝練がある娘のために早朝5時起きもしましたが、母親とは頑張れるものです。

私が生涯にわたって取り組んでいる「食育」は、心身を健やかに育てるためには食事を整えることであり、それを作るのが親の務めであるという信念です。

日本の子どもたちを健やかに育てるための知識や技術を、近々オンラインでの食育セミナーで講義したいと準備中です。しっかり食べさせて心やさしい子どもを世界中に広めたい💖






しかし知識だけなく、実際に作れるための技術やコツを教えなければ意味がありません。料理研究家・管理栄養士として、これからも食育活動にこの命を捧げます。

皆さま方の、引き続きの叱咤激励をお願い申し上げます。

番外編に続く😅😅😅